忍びと俺
バイトが終わり俺は帰宅し住んでいるアパートの部屋のドアを開けた。
いや~、今日はよく働いたし、バイトの給料が入ってウキウキだ。
奮発して鰻の蒲焼き弁当を買ってきたから味わって食べ―――……。
…。
なんか逆さまにぶら下がってる。
見た感じでは、多分、人。そして見た感じでは美少女。涙目の美少女だ。
ついでにその人は忍者のコスプレをしており、逆さまになってぶら下がっている。
成る程、成る程。うんうん。
俺はバイト後で疲れ、この状況を見て回っていない頭をフル回転させる。
そうして俺ができる事は一つだと理解した。
「これは警察に電話した方が良いな。不法侵入だし」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 事情を聞いて下さい!」
☆☆☆
「―――と、言う事なんです」
目の前に正座し、その忍服の少女は説明してきた。
この子の話をまとめると、任務でドジってとある神社の狐の石像を壊してしまい呪われて女の子になってしまったそうだ。
ふーん……。
「はえー」
「なんでそんな反応なんですか! 大変なんですよ!」
「いや、だってさ。現実味の無い話聞かされても、それに忍者って言ってるけどコスプレでしょ? それ。設定は自由に語って貰って良いけど他人に迷惑かけるのはダメでしょうよ」
「設定じゃないです! 全部本当の話です!」
彼女、いや、彼(?)がそう言った時だった。
ドンッと隣の壁が叩かれ、俺と彼はビクッと壁を見る。
壁ドンだ。隣から壁ドンされた……。
……。
「えっと、その、設定じゃなく全部本当の話なんです」
あ、その話は続けるのね。うーん、でもなぁ~……。
「うーん、じゃあ忍術の一つでも見せてくれたら信じる事にするよ」
「分かりました」
一瞬にして彼女の姿が消えた。
え? 一体どこに?
いや冷静に考えろ。こういう時は大抵、背後―――っ。
その考えに至った時には既に遅かった。
俺の喉元にクナイ的なものが突き立てられている。
俺の、負けか。
「フッ、分かった。認めよう。君が忍者である、と」
そう言うとクナイは引っ込んだ。
……ふう。
「分かってくれましたか」
後ろからは安堵した声。
「うん。だから、銃刀法違反で君を警察に突き出すね?」
「ヤメテ下さい!!」
「ヤメロォー! 暗器持ってる奴がくっついてくんなー! 普通に怖いだろうが! 俺の半径二十五メートル以内に近寄るなぁー!」
「二十五メトール以外に行けってそれもう外じゃないですか!」
「外で良いでしょうが! そもそもアナタ、不法侵入ですという事をお忘れですの!?」
「っ、こんな、か弱い姿の僕を外に一人置いておくって正気ですか!」
「今それ言う!? てか他に行けば良いだけでしょうが! そもそも君、男に戻りたいんでしょ? ならそう言うのはおかしいんじゃないカナ?」
「使えるモノは全て使えって教わってますから!」
「わぁ!? 教えた奴の顔が見たいですね!」
『うるせーぞ!』ドンドンッ
「「 ごめんなさい!! 」
☆☆☆
「成る程。つまり、そういう事か」
「ええ、そういう事なんです」
現在、二十三時。
壁ドンのお隣さんを含めて再度、彼(?)の経緯の説明を受ける。
え? なんでお隣さんも参戦してるのかって?
俺が聞きたいですよ。そんなの。
「まあ忍びの里の大婆様の予言によって、この男の元に来たというのであればそれは運命だ。お前もこの子に協力してやれ」
「はぁ、そうなんですか」
そうは答えたモノの。「うん、なんで?」って言いてぇ~。
このお隣さんがグラサンかけた怖そうな男じゃなかったら思いっきり言ってたわ。いや、ここは反撃の一つでもしてやらねば!
「ところでこの子の話すぐに信じてますけど、良いんですか? 予言とか言ってますけど」
「お前こそ何言ってるんだ? ここまで事情を話してくれている忍びの者を勘ぐって。それにな、予言は確実にある」
「何を根拠に?」
「それは俺はとある秘術を研究し、その技術を会得しようとしている者だから故に言える事だがな」
「秘術?」
「ああ、聞いた事あるかもしれないが、俺は宇宙から降り注ぐ運がもたらす事への研究をしている。通称『Cosmic earth road observer』。略して宇宙エロについて、な」
全然知らねぇ。てかなに、宇宙エロって。つか、なんでこの人こんなに自信満々なの。
「っ! まさか、アナタは卯宙弘さんですか!?」
なんか隣にいる彼(?)が凄い興奮しそうな表情で壁ドン男に声をかけた。
つか、え? 知ってんの? 宇宙エロの人を?
「フッ、知っていたか」
「はい! いつも宇宙エロについてのY●uTube神秘チャンネル見てます!」
「リスナーだったか。だが、俺は公平なタチでな。リスナーといえど馴れ合う気は無いからそこは理解しておいてくれ」
「はいっ!」
……何この雰囲気。
俺だけ取り残されてないか?
いや、混ざりたいとは思わないけれども。
「まあここで会ったのも宇宙エロによる何かの縁だ。困った事があれば訪ねるぐらいなら許そう」
「っ! ありがとうございます!」
「じゃあな」
そう言って宇宙エロチャンネルのお隣さんは去って行った。
……なんなんこれ?
☆☆☆
それからは特に何も無く俺は買ってきた鰻の蒲焼き弁当を彼(?)と分けてから、明日は休みのため少しボーッといている。
そんな俺の視線の先にいる彼(?)はスマホでルンルン気分で何かを見ていた。
いや、普通に音声聞こえてくる。宇宙エロチャンネル見てるわ。
……。
「いやいや、なにしてんのかな?君は。もう少し悩も? 元に戻りたいんでしょ?」
「それはそうですけど、どうしていいか分からないので」
どうして良いか分からないからさっき会ったチャンネル主の放送見るってなんだろうか?
まあ、あの感じだと何かヒントとか放送内に無いこともないと思うが。
「……てかさ、ひとつ聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「さっき話してた狐の像ってどうしたん?」
「え? どうして良いのか分からないのでそのままですね。」
……。
「その狐の像を元に戻せば良いんじゃないの?」
「え?」
☆☆☆
次の日ッ!!!!!
「ふぇぇ~、無理ですよぉ~」
そんな彼(?)の言葉が発せられた。
そんな彼の見ているモノを見れば、まあ、無理でしょうよ。
それは、石像の注文サイト。そこにある狐の石像の値段を見て嘆いていた。
まあ、百万円とか普通に無理よな。まあでも、今すぐに死ぬとかそういうわけじゃないんだからゆっくり貯めていけば良いだけだと思うんだけど。
「こうなったら、この体を活かして稼いでくるしか」
「ん~待て待て待て。判断が早すぎるでしょ、それは。バイトとかしてゆっくり貯めていけば良いでしょ」
「バイトって、あは~んなやつですか?」
「君はアレかな? どうしてもそっちがしたいのカナ?」
「それは、嫌です。でも―――」
はぁ、全く。
「そんなにすぐお金が欲しいなら宝くじでも買えば?」
彼を止めるために咄嗟に出た言葉。
だけど、現実的では無いな。うん。
「っ! それですよ!」
「えっ」
いやいや、俺は半分、いや全体的に冗談で言っただけで百万当てるだけでもかなり天文学的確率でしょう。当たるわけないでしょ。常識的に考え―――
「話は聞かせてもらった!」
「うわっ!?」
どこから湧いてきた宇宙エロ!!
「実は宇宙からとある数が俺に降り注いできたんだ。そしてその時に君達のことが頭に浮かんだんだ。これは宇宙からの啓示だ。それを伝えに来た!」
「っ! なんと!」
いきなり始まったやり取りを俺は見ているしか無かった。
そういう事で、俺達は宝くじ売り場へ。
彼(?)はすぐにさっき教えて貰った数のクジを買った。
俺はまあ、良いや。面倒くさいし。宇宙エロを信じよう。
てか、忍びの仕事みたいなのすれば良いんじゃないのかな? と思ったけど宝くじに念じている彼(?)に言うのは野暮かな?
そうして抽選日。(翌日)
結果を新聞で見ると、当たっていた。
「当たったみたいだぞー」
「え? 本当ですか!?」
「ああ、ホレ」
「ほ、本当ですね!」
嬉しさの混じった声で言う彼(?)。
だが、当たったのは三万円。
まあ、妥当なラインか。
という事で、早速換金しに宝くじ売り場に行った。
待ってる間。俺はスクラッチでもしてるかぁ~。
カリカリっと
「あと、九十七万ですよ!」
換金が終わり、俺の元にやって来て、三万を握りしめて喜ぶ彼。
そんな彼に「そうだね~」と返す俺。
まあ、あと結構な額だけど後は彼の頑張り次第でしょう。そして俺は暇つぶしでやっていたスクラッチを削り終えて―――
……あ。
「当たっ、た?」
「へ?」
☆☆☆
数日後。俺と彼とで例の神社へ来た。
狐の像を納品するために。
てか、地味に寂れてるなぁ~。古い神社なのかな?
神主さんもいないし。
「これで、僕の呪いが解けますね!」
「そうだね~」
俺の横では、はしゃぐ彼(?)の姿。
そうして壊れている像を退かして、新しい狐の像を設置した。
時だった。
「ほう? ようやく戻しに来おったか」
急にそんな声と共に狐耳と狐の尻尾が特徴的な少女が現れた。
多分神様的な奴だろう。うんうん。
「誰だお前は!」
「人に名を訪ねる時はまず自分からが常識じゃろう?」
「そうですね!」
という事で、俺は名前を―――。
「儂はここを治める神じゃ」
ははっ、此奴め。
俺より先に自己紹介をするとは!
「これはご丁寧に。俺は―――」
という事で自己紹介をして、さっそく本題に。
「という事で彼を元に戻して欲しいんです」
「ん? 何故じゃ?」
え? 何故って……。
「確かに像は戻された。じゃが、全く反省せず、すぐに謝りにも直しにも来ない此奴を何故戻さねばならぬのじゃ?」
「えっ」
神様がそう言うと、どこからともなく沢山の狐が現れた。
「儂には沢山の『目』があるからのぅ? 見ていたんじゃよ全て、な」
怪しさ満点の笑顔で狐を撫でる彼女。
そんな彼女に彼は問いかける。
「じゃあ、僕はどうすれば?」
「それくらい自分で探せ。安心せい。石像を直した。それでこの件はチャラゆえ邪魔はせぬ、あとは頑張るんじゃな」
「そんなぁ~!」
悲痛な彼の声がこの境内に響いたのは言うまでもない。