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幼馴染の引き立て役を平手打ちでやめたら麗しの騎士団長さまに求婚されました

作者: スズイチ



「あなた、ルメル・キュプカーね? 私は、ミュロア・バーキス。お友達になりましょう!」


 ――初めてミュロアに声を掛けてもらった時、この世にこんな綺麗な子がいるのだと驚いた。

 にこりと笑う美しい少女に、まるで天使のようだと見惚れてしまったことを今でも覚えている。

 

 ――あれから十数年。


「ミュロアさん、おはよう」

「ミュロアさん、今日もお美しいですね」

「ミュロアさん、一緒に教室まで行ってもいいかな?」

「ミュロアさん、荷物お持ちしますよ」


 今日も今日とて、男子生徒たちがミュロアを囲んでははやす。隣にいる私の存在など見えていないような振る舞いには、もう慣れた。

 彼らにとって私は、透明人間なのだろう。


「おはよう、みんな」


 ミュロアが黄金こがね色の髪の毛をきらめかせながら、皆に笑顔を振りまく。

 そして、私なんて最初からいなかったかのようにミュロアは男子生徒たちと先へ行ってしまった。毎朝のこととはいえ、虚しさを感じないわけではない……小さく溜め息を落とした時、肩に誰かの手が置かれたので振り返ると、婚約者のジョエル様がいらっしゃった。


「おはよう、ルメル。……今朝も凄いなぁ、ミュロアは」


「……おはようございます、ジョエル様」


 ジョエル様は私の婚約者……なのですが……。


「お前も大変だな、あんな美人と幼馴染だなんて。一緒にいて悲しくならないのか?」


「……あはは……もう、慣れましたので……」


「まあ、十年以上もあんな美人の隣にいるんだもんな。あ、俺もミュロアに声を掛けてくるから、じゃあな」


 そう言って去って行くジョエル様の背中を見つめながら、また一つ溜め息を落とす。

 ご覧の通り、彼もミュロアに夢中なのである。婚約者である私を放っておいて、いつも彼女の側にいる。

 中等部の頃、ジョエル様にミュロアを紹介した時からずっとそうだった。

 隣にいる私のことなど無視してミュロアを絶賛する彼に当時は胸を痛めたものだが、今となっては慣れてしまった……いや、これは慣れではなく諦めなのかもしれない。


 教室に入ると、男子生徒たちに囲まれていたミュロアが駆け寄って来る。


「遅かったじゃない、ルメル。何をしていたの?」


 私を置いて先に行ったのは、そちらなのでは? そう思うが、こんなことを口にしたら男子生徒たちに何を言われるか分かったものではない。


「……うん、ちよっとね。何かご用?」


「そうなの、昨日の課題まだ出来てなくて……ルメルは得意でしょう? 授業が始まるまでに、やっておいてほしいなぁって」


「……え、私が……?」


「うん、お願い!」


 可愛く首を傾けるミュロアに苦笑する。


「……ミュロア、それは良くないわ。課題はみんなに出された物だのもの、自分でやらなくちゃ……っ」


 言いかけたところでミュロアを見ると、大きな目に涙を湛えていた。


「……みゅろ……」


「……ひどいわ、ルメル……私が苦手なのを知っていて、そんなことを言うの……? 少しくらい助けてくれてもいいのに……」


 ミュロアが口元を押さえて、悲しそうに目を伏せた時――。


「そのくらい、やってあげればいいだろ!」

「こんなに頼んでいるのに何て薄情なんだ!」

「ミュロアさんが可哀想だろ!」


「……みんな……もういいの、私が悪いの。……ルメルの言う通りだったわ……」


「……ミュロアさん、泣いていないか?」

「泣かすなんて、最低だな! それでも友達かよ!」

「お前なんて、勉強くらいしか取り柄がないくせに! ちょっとはミュロアさんの役に立てよ!」


 困惑して視線を彷徨さまよわせていると、ジョエル様と目が合った。彼は腰に手を当てて鼻を鳴らすと私に向かって口を開く。


「みんなの言う通りだ。幼馴染なんだから、そのくらいしてやれよ。お前なんか、ミュロアにそのくらいのことしかしてやれないんだから」


 そう言ってミュロアから課題を取り上げると、私に押し付けてきた。


「あと少しで授業が始まるぞ。早くやれよ」


「……っ……」


 ここで突っぱねたところで、私が悪者にされるだけだ。……諦めて自分の席に着くと、ミュロアの課題を始める。

 

「ありがとう、ルメル。お礼に今日の放課後お茶会を開くのだけれど、あなたもご招待するわね」


 私はその言葉に答えることなく、授業が始まるまでにミュロアの課題を終えるのであった。


 ――放課後。


 ミュロアに連れて来られたのは、学園の端にある調理場だった。


「今日は、みんなに私の手作りのお菓子を振る舞うって約束をしてあるの」


 ……ああ、嫌な予感がする。


「それでね、ルメルにも手伝ってもらいたくって!」


「……ミュロアが、みんなに振る舞うと約束したのでしょう? だったら、私が手を出すのは良くないわ」


「……そうかもしれないけど……でも、私一人だと大変だし……それに、ルメルの婚約者のジョエルも来るのよ。彼に美味しい物を食べさせてあげたくはないの?」


 ミュロアはそれらしいことを言って、私に全て作らせる気なのだろう。そもそも、この子はお菓子作りなど一切できない。


「……どうかしら。あの方は私よりも貴方にご執心のようだし……それじゃあ、私はもう帰るからお茶会楽しんで……」

「――痛っ!!」

「ミュロア!?」


 私が出て行こうとした時、ミュロアが近くにあった調理器具で指を打ち付けた。


「何をやっているの!?」

 

「……だって、ルメルが手伝ってくれないなんて言うから、私が一人で作らなきゃって……ぐす……痛い……こんな手じゃあ、もう作れないわ……みんな楽しみにしているのに……ひっく……」


「……はぁ……」


 私は目を閉じて溜め息を落とすと、壁に掛けてあったエプロンを手に取り着用する。


「……それで、何を作ればいいの?」


「作ってくれるの? わぁっ、それじゃあクッキーにマドレーヌ……それから、かわいいカップケーキも! あ、なるべく早くお願いね? みんなを、お待たせしたくないし」


 どの口が言うのだろうか……と思うが、今はお菓子作りに集中しようと懸命に生地をかき混ぜる。

 

 ――何とかお菓子を作り終えると、お茶会の開かれる中庭のガゼボへと運ぶ。

 丁寧にお茶を淹れている途中で参加者たちがやって来たのを見て、ミュロアがにこりと私に微笑みかけてくる。


「ここはもういいから、ルメルは座ってて。ほら、そこの端っこの席にどうぞ」

 

「……え、でも……」

 

「いいから、ね?」


 端の席に追いやられると、私の淹れていたお茶をミュロアがそのまま淹れ始める。


「やぁ。お招きありがとう、ミュロア」


「ようこそ。どうぞ、そちらにお掛けになって」


 みんなが席に着くと、テーブルの上に所狭しと並べられたお菓子を見て感嘆の声をあげる。

 

「これ、ミュロアが作ったのか? 凄いな、何でも出来るんだな!」


「ふふっ、ありがとう。さあ召し上がって?」

 

「すっごく美味しい! こんな物が作れるなんてミュロアさんは本当に素晴らしいな!」 

「どの菓子も、美味しいだけではなく見た目も美しいな……専門の店が開けるんじゃないか?」


「うふふ、みんな褒めすぎだわ」


「いや、君みたいな完璧な女性は他にはいないよ」 

「美しく謙虚なうえに、こんな美味しい物が作れるなんて……」

 

「ほんっと、少しはお前にも分けてもらいたかったよなぁ……ルメル?」


 急に話を振られて、目を大きく開く。


「お前さぁ〜俺たちよりも先に来ていたくせに、ミュロアを手伝おうとか思わなかったのか?」

 

「――わ、私は!」


 言い返す前に、ミュロアが割って入ってくる。


「ルメルはお客様なのだから、手伝いなんてさせられないわ。それよりも、お茶も飲んでみて?」


 ミュロアの言葉に、みんながカップに手を取るとお茶を飲み始める。

 

「うっま! なにこれ!?」

「それに、すっごく良い香りだ」


 それは私が拘りを持って淹れたものなのだと胸中で呟きながら、静かに目を閉じると小さく息を吐く。

 

「あ〜あ、俺の婚約者もミュロアなら良かったのに」


 私に向かって投げかけられた言葉に、思わず肩が揺れてしまう。


「誰もが見惚れるような美人なのに、可愛げも愛嬌もあってお菓子作りも上手いだなんて、ミュロアの婚約者になれる奴が心底羨ましいよ」


 ジョエル様の言葉に固まっていると、別の男子生徒が、ぷっと吹き出す。


「ははっ! お前、それ婚約者ルメルの前で言うか?」

「流石に失礼だろ……くくっ……」


「……っ、……気分が優れないので、私はこれで失礼します」


 私は立ち上がると、自分の荷物を持ってこの場を足早に去る。


「おいおい、逃げちゃったじゃないか」

「あっはは! かわいそう〜!」


 聞こえてくる声に耳を塞ぎながら、急いで自分の屋敷へと帰った。


 ――私はいつだってミュロアの引き立て役だ。そして、今日みたいに都合のいいように扱われる。もしかしたら、ミュロアは無邪気に私に頼っているだけなのかもしれない。だからといって、この現状はきつい。もう十数年間この現状に耐えてきた……けれど、この先もずっとこんな環境が続くのだろうか……学園を卒業しても……結婚しても……ずっと、ずっと……。


 ――そんなことを考えていた翌日。

 

「ルメル、昨日はごめんなさい」

 

「……え」


 今日はミュロアと一緒に居たくなくて、一人で登校した。そのことで何か言われるのかと身構えていたら、突然謝られたので驚く。

 

「あなたに全部押し付けちゃって……私、あの後すごく反省したの」

 

「……そう、なの?」

 

「うん。――それでね、お詫びにルメルを特別な場所にご招待しようと思って!」

 

「特別な場所?」


「そう、これ」


 そう言って差し出されたのは、真っ黒な紙に金色のインクで場所と日時が書かれている謎の招待状。


「これは……?」


 尋ねると、私の耳元にミュロアが唇を寄せる。


「……これはね、選ばれた人にしか貰えない特別な招待状なの」


 ミュロアは私から少し離れると、うふふと目を細めて笑う。


「お詫びにルメルも連れて行ってあげるわ。招待状一枚につき、二人までなら同行できるそうよ」

 

「…………」


 〝特別〟を連呼するミュロアに、何となく嫌なものを感じ取る。


「……お誘いありがとう。けれど、遠慮しておくわ」


 私が断るとは思っていなかったのか、ミュロアが驚いて目を丸くする。


「……本気で言っているの? これは凄く特別なものなのよ? あなたでは一生行くことが出来ないような、特別な場所に行けるのに断るというの?」


「……ごめんなさい。でも、私はその〝特別〟に全く興味がないの」


 首を左右に振る私に、ミュロアの表情が段々と不機嫌になっていくのが分かる。


「……もういいわ。せっかく誘ってあげたのに、断るなんて信じられない」


 ぷいっと、そっぽを向くと黄金こがね色の髪を揺らしながら立ち去って行くミュロアだったが、何かを思い出したかのように振り返る。


「――そうだ。言い忘れていたけれど、当日はジョエルも来るのよ」


「……ジョエル様が?」


「ええ。私が声を掛けたら、大喜びで一緒に行きたいと言っていたわ」


「…………そう」


「けれど、ルメルは来ないのよね? だったら、ジョエルが一緒に来ることに文句を言わないでちょうだいね? あと、今更行きたいとか言っても遅いんだから」


 今度こそ去って行くミュロアの後ろ姿を見つめながら、ざわざわする胸の辺りを押さえる。


 ◇

 

 ――十日後の週末。

 

 今日は、先日ミュロアに見せられた招待状に書かれていた日だ。


「……大丈夫かしら」


 自分には関係ないと思うが、ミュロアとジョエル様に何かあったら……と考えてしまう。

 今朝からずっと、二人とも自分の意思で行くのだから……でも、やはり心配だ……というのを脳内で延々と繰り返している。


「……はぁ……もしこれで二人に何かあれば、きっと後悔してしまう……」

 

 私は溜め息を吐くと、外出用の服に着替えてから招待状に書かれていた場所へと向かうことにした。


 ◇


 書かれていた場所に着くと、今は使われていないはずの屋敷の中で夜会が行われているようだった。ミュロアたちは既に屋敷の中にいるのだろうか……。確認しようにも、外からでは何も分からない。


「気になって来ちゃったけれど、どうしたらいいのかしら……」


「……君、こんなとろこで何をしているんだい?」


 突然、後ろから声を掛けられてビクリと肩を揺らしてしまう。


「……っ、あ、あの、わたし、は……」


 後ろへと振り返り、相手の方を見て思わず息を呑む。


 さらりと流れる青みがかった銀色の髪に、吸い込まれそうなすみれ色の目。全てのパーツが整った美しい容姿に、見上げるほどに高い身長。一見細身だが、鍛えられていることの分かる逞しい胸板や二の腕。あまりにも凄まじい美青年を目にして呆然としてしまう。 

 ミュロアと出会ったとき……いや、それ以上の衝撃だった。


「こんな時間に危ないよ。早く家に帰りなさい」


 その言葉に、我に返る。


「こっ、このお屋敷の中に幼馴染と私の婚約者がいるんです!」


「……幼馴染と婚約者?」


「……はい。それで気になって来てしまったのですが、招待状も持っていないしどうすればいいのかと考えておりまして……あの、あなた様も招待状をお持ちなのでしょうか?」


「一応、持ってはいるけれど……」


不躾ぶしつけなお願いだとは重々承知しておりますが、私も一緒に連れて行ってもらえないでしょうか……お願いします!」


 私が勢いよく頭を下げると、美丈夫が驚いて顔を上げるように言う。


「――そんなふうに頭を下げるなんて、よっぽど大切な人たちなんだね」


「……いえ、まったく」


「……ん?」


 今度は私の言葉に美丈夫が目を丸くする。


「二人は、私にとって大切だとは言い難い人たちです。……実は私も誘われていたのですが、断ったんです。何だか、嫌な感じがしてしまって……でも、どうしても気になって放って置くことが出来ずに、無計画のまま招待状に書かれてあったこの場所に来てしまいました」


「……君、変わっているね。そんな真面目だと、いいように利用されちゃうだけだよ?」


「――わかっています。おかげで、今まで散々嫌な目に遭ってきました。……ですが、見て見ぬふりをして後悔をしたくないんです」


「…………」

 

 美丈夫は顎に手を当てたまま沈黙する。

 ――やはり、ダメだろうか。そもそも突然こんなことを言われて、迷惑にも程があるだろうと今更ながら反省する。


「……あの、すみませんでし……」


「いいよ。一緒に行こうか」


「……え?」


「一人だと悪目立ちしそうで、どうしようかと考えていたんだ。パートナーとして一緒に参加してくれるなら、僕としても助かるよ」


 思いもよらない美丈夫の言葉に、もう一度大きく頭を下げる。


「あ、ありがとうございます!」

 

「こちらこそ。もし、何かあったとしても君のことは僕が必ず守るから安心してほしい」


「は、はい! よろしくお願いします!」


「うん。では行こうか……ああそうだ、君の名前は? 僕は、ギルバート」

 

「ルメル・キュプカーと申します」


 互いに名乗ると、ギルバートさんと屋敷の中へと向かう。


 屋敷に入るとすぐに仮面を着けた人がいて、招待状を渡すとギルバートさんと私に目元を隠す仮面が配られる。

 それを着けてから奥へと進むと、ホールの中は薄暗く異様な雰囲気が漂っていた。


「ルメル嬢、僕から離れないように」


「は、はい!」


 ミュロアとジョエル様はどこにいるのだろうと辺りを見渡すと、皆の様子がおかしいことに気付く。


「あの……ここは、いったい……」


 隣にいるギルバートさんに声を掛けようとしたところで、窓際のソファの上で性行為に及んでいる男女数人が目に入る。慌てて目を逸らすと、今度はカーテンに隠れてねっとりと絡み合う人達がいて驚く。


「……ひ、ひぇ……っ」


「――おっと。そっちは見ないように」


 そう言ってギルバートさんが、私には見えないようにと前に立ってくださる。

 ほっと息を吐くと、聞き慣れた声が耳に入って来たので、そちらに視線を向けるとよく見知った黄金こがね色の髪をした女性が男性と一緒にいるのが見えた。


 ――ミュロアだ。


 仮面を着けているので、顔はよく分からないが髪色やあの声は間違いなくミュロアだろう。

 良かった、無事だった。こんな場所に居ては危ないと声を掛けようとした時――。


「そういえば、ルメルも誘ったんだって?」


 ――ジョエル様の声。

 話を振られたミュロアが、飲もうとしていたワインをテーブルに置いて話し始める。


「そうなの。ルメルも一緒に楽しめたらと思ってお誘いしたのに、興味がないって断られちゃった」


「せっかくミュロアが誘ってくれたのに、バカだよなぁ。ほんと、どこまでもつまんない奴だよ。あ〜あ、あんなのが婚約者とか最悪だ」


「ジョエルったら、そんなことを言ったらルメルが可哀想でしょう?」


「どこが! あんなのと婚約してる俺が一番可哀想だろ。ほんっと、ミュロアが婚約者なら良かったのになぁ〜」


「ふふっ。私のどこが、そんなに良いのかしら?」


「どこって、そりゃあ全部だよ! 見た目も性格も何もかも完璧なミュロアは百点!」


「うふふ。それじゃあ、ルメルは?」


「あー……あいつは、頑張って四十点ってところかな。まあ見た目は可愛い方なのかもしれないが、ミュロアと比べたらなぁ……。融通もきかないし、菓子作りやお茶の淹れ方なんかもミュロアの方が上みたいだし。成績は優秀なのかもしれないが、そんなもんよりミュロアみたいに気立てが良い方が何倍も魅力的だ。実際ミュロアだって思ってるだろ、あいつはお前の引き立て役でしかないって。正直に言っちゃえよ。俺はお前の本音が聞きたい」


 その言葉に、ミュロアがくすくすと楽しそうに笑う。


「そんなこと……なぁんて、確かにルメルって目立たない子で、いつも側にいるから私と比べられてきたのよね。みんな、私を褒めてくれるけどルメルのことは空気みたいに扱うの。それが面白くって……ふふっ……頼めば面倒なことはやってくれるし、本当に便利で都合のいい幼馴染どれいだわ」


「それそれ! そういうのが聞きたかったんだよ! ルメルの奴、ざまぁねぇなぁ! ひゃはははは!」


 私の隣にいるギルバート様が、呆れたように溜め息を吐く。


「……あれが君の探していた幼馴染と婚約者かい?」


 私は彼の問いに答えることなく、二人の元へと歩いて行く。


「何だか、今日のジョエルはいつもより饒舌ね。このワインのせいかしら? ……あら、どちら様? 私になにか……」


 ――パァン!!


 ミュロアが言い終わる前に、彼女の白い頬を思いっきり引っ叩く。


「……な、なにをっ!?」


「……分かっていたわ……私なんて、体の良い幼馴染でしかないのだと……でも、悪気なく頼ってくれているのかもしれないって思っていたかった……そうでもしないと、やりきれないじゃない……!!」


「……あ、あなた……もしかして……ルメル?」


 赤くなった頬を押さえながら、ミュロアが驚きの声を上げる。


「なっ、なんでルメルが、ここにいるんだよ!?」


 慌てた様子のジョエル様を睨みつけながら、今度は彼の頬を勢いよく叩く。


「……いっった!!」


「――ジョエル・ランメルツ。残念でしたね、私みたいなのが婚約者で。いっそのことご両親に自分はミュロアに夢中なので、私とは婚約を解消したいとご相談されてみてはどうですか? その方が私も清々いたします。私が婚約者なのが不満のようですが、私もあなたみたいな人が婚約者だなんて地獄のようだと常々思ってました。自分だけが可哀想だなんて思い上がらないでください」


 そこまで言いきると、一つ息を吐く。


「それと、あなた方が褒め称えていたお茶会でのお菓子は全て私が作ったもので、お茶は私の淹れたものです。ミュロアはお菓子なんて一度も作ったことありませんよ」


 ジョエル様は呆然と私を見つめたあと、目を充血させて怒りに震えながら手を振り上げる。


「ふっざけんなぁぁぁ!! クソがぁぁ!!」


 その手が振り下ろされるよりも早く、私は後ろに引っ張られる。

 分厚い胸板に抱きとめられると、後ろから伸びてきた手がジョエル様の腕を掴んだ。


「僕のパートナーに、気安く触らないでくれるかな?」


「――ギルバートさん!?」


 ギルバートさんは私の肩を安心させるように軽く叩くと、前に出てジョエル様の腕を捻り上げる。


「痛ってぇぇぇ!! だ、誰だよ、お前っ!?」


 その時、参加者の一人がギルバートさんの側までやって来て何かを耳打ちすると、一つ頷いてからホール中に響く声で叫ぶ。

 

「全員、その場から動くな!!」


 ギルバートさんの声を皮切りに、ホール内にいた一部の人たちが仮面を外すと周辺にいた貴族たちを取り押さえる。

 それと同時に、ホールの入り口から軍服の人たちが大量になだれ込んできた。


「きゃああああ!!」

「――き、騎士団!?」

「ちょっと! どうなっているのよ!!」

「くそっ! 離せよ!!」


 唖然としていると、私も騎士団の人に手首を掴まれる。


「大人しく、こっちに来い!」


「え!? あ、あの、私は……」

 

「――その子は、私の連れだ。離してくれ」


 ギルバートさんは私の肩を抱き寄せると、やんわりと掴まれた手を払う。


「ぎ、ギルバート騎士団長!? すみません、失礼いたしました!」


 騎士団の方は深々と頭を下げると、何処かへと行ってしまった。


 ――いや、それよりも今ギルバートさんのことを騎士団長って言ってなかった……? き、騎士団長!? こんなに、お若くてカッコいい人が!?


 私が慌てていると、ギルバートさんが苦笑する。


「黙っていて、ごめん」


「……い、いえ……ギルバートさっ……ま」


「さんでいいよ。そんな堅苦しくしないでもらえると嬉しい」


「は、はい。……あの、それでこの状況はいったい……」

 

「この夜会では、薬物乱用や性接待などが行われていてね。調査のために潜入したんだ」


 そう言うと、ギルバートさんが近くのテーブルからワイングラスを手に取る。


「この中には薬物が混入されていてね……飲むと精神に異常をきたすらしい。幻覚を見たり楽しくなったり暴力的になったり……」


「や、薬物……?」


 この異様な雰囲気は、そういうことだったのかと思わず口元を押さえる。

 私が青ざめていると、一際ひときわ大きな悲鳴が耳に入りビクリと肩を揺らしてしまう。


「いやあぁぁぁっ!! 離してよ! やめて! 助けて、ジョエル!!」


 そちらに視線を移すと、ミュロアが騎士団の人たちに取り押さえられていた。

 助けを求められたジョエル様は、ミュロアを睨みつけながら怒鳴り散らす。


「うるせぇぇぇぇ!! 俺はその女に誘われて連れて来られただけだ!! 俺は何も悪くねぇんだから、連れてくならそいつだけ連れて行けよ!!」


「はあ!? 大喜びで付いて来たくせに何を言っているのよ!?」


「――詳しい話は、後で聞かせてもらう。いいから行くぞ、大人しくしてろ!」


 二人が騎士団の人に引き摺られるようにして連れて行かれるのを見ていた時、ミュロアと視線がかち合う。


「る、ルメル! ねぇ、あなたからもこの人達に言ってよ、私は何も悪くないって! 私は何も知らなかったの! お願いよ、ルメル!」


 ミュロアの言葉に、私は眉をひそめる。


「――知らなかった? 本当に? そもそも貴方が言っていたんじゃない〝特別な場所〟だって。何度も強調していたわよね? それで何も悪くない知らなかったと言われても、信じられるわけがないわ。薬や性接待だなんて……恐ろしい……あなたは、また私を都合良く生け贄スケープゴートとして使おうとしていたのではなくて?」

  

「ち、違うわ! 本当よ! 私はただ、いつものように引き立て役としてあなたを誘っただけよ! 薬なんて知らなかった! 信じてよ、お願いだから!!」


「――信じるなんて無理よ。先ほど、自分が私に対して何て言っていたかを思い出してちょうだい。……あなたは最低な人よ、ミュロア。――どうぞ連れて行ってください」


 私の言葉に騎士団の人が頷くと、ミュロアを連れて行く。


「ねぇ、待って!! 話を聞いてちょうだい!! ねぇルメル!! ルメル――ッ!!」


 ミュロアが見えなくなり、ほっと息を吐くとギルバートさんが心配そうに私の方を窺う。


「……大丈夫かい?」


「……はい。お心遣いありがとうございます」


「大変な思いをさせてしまって申し訳なかったね……今日はもう送って行くよ。後日改めて君にお礼をしたい」


 その言葉に驚いて、何度も首を左右に振る。 


「お礼なんて、とんでもないです! 私がお願いして無理やり同行させてもらったのですから、むしろお礼をするのは私の方です!」


「君を危ない目に遭わせるつもりは元より無かったが……それでも、こんな危険な場所に同行させてしまったのは僕の責任だ。だから、せめてお詫びをさせてほしい。……ダメかな?」


 整った眉尻を下げ、首をこてんと傾ける美貌の騎士団長様にそんなことを言われて断ることなど私に出来るはずもない。


「……うっ、わ、分かりました……ですが、私にも何かお礼をさせてください!」


「気にしなくて、いいのだけれど……」


 ギルバートさんは諦めたように笑うと、私を家まで送ってくださりました。

 

 

 ――その後。



 薬物入りのワインを口にしていたジョエル様は捕まってしまい、これが切っ掛けで婚約を破棄することとなりました。学園も退学になったそうです。ランメルツ家の方々には何度も謝罪を受けましたが、当の本人は「自分は悪くない」と留置所で泣き喚いているのだとか。


 ミュロアは、皮肉にもあの時に私が頬を叩いたせいでワインを飲むタイミングを逃したらしく、逮捕されることなく解放されたそうです。そのことを本人の口から聞かされて、感謝と共に今までのことに対して謝罪をされましたが、私は「そんなのは、いらない」と突っぱねました。もう二度とミュロアの引き立て役にも都合の良い奴隷にもならないと宣言して、現在は距離を置いています。

 夜会のことも学園中に知られてしまい、以前のようにはやされることも無く、現在は腫れ物扱いで完全に孤立している状態だ。


 ◇


 私はというと、あの後ギルバートさんと互いに、お詫び、お礼、お礼のお礼……と何度もお会いしているうちに仲良くなり、時間が合えば彼と一緒に過ごすようになっていました。観劇や美術館や流行りのカフェに行ったり、お気に入りの本を貸し借りしたり……ギルバートさんは私のことを一切貶めることなく、空気のようにも扱わず、優しく紳士的な方で、気付けば彼に惹かれている自分がおりまして……。

 あのような素敵な方に片想いなど不毛すぎると、嘆く日々を過ごしていたある日……ギルバートさんが学園の正門前にいらっしゃって、驚いていると声を掛けられました。


「やあ、ルメル嬢。突然申し訳ない」


「ギルバートさん!? どうかなさいましたか? 学園に何かご用とか……」


「いや、君に会いに来たんだ」


 意外な言葉に目を丸くすると、辺りがざわついていることに気付く。

 当然だ、こんなにも見目麗しい男性が目立たないわけがない。おまけに今は騎士団の軍服を着用している。

 女子生徒たちが甲高い声を上げてギルバートさんの名前を叫ぶのを聞いて、自分が知らなかっただけで、やはり彼は有名人だったのだと納得する。


「ここでは目立ってしまいますので、場所を移しましょうか」


「ここで構わない。――ルメル・キュプカー嬢」


「はい?」


 突然フルネームで呼ばれたことを不思議に思い、首を傾ける。


「お慕いしております。私と結婚を前提にお付き合いしてください」


 言葉と共に後ろ手に持っていた薔薇の花束を差し出される。


「……………………はい?」


 ――ちょ、ちょっと待って……い、今なんて言われたの? 私? 私に言ったの? 目の前の美丈夫が、お慕いしていると? 結婚を前提にお付き合いくださいと!? いやいや、そんなこと……あるんだ……。目の前の頬を染めたギルバートさんを見て、現実なのだと理解する。


「ね、ねぇ……今のってプロポーズ!?」

「あのギルバート様が!?」

「あの子、いったい誰なんですの!?」

「ほら、いつもバーキスさんと一緒にいらっしゃった……」

「……ああ……そういえば、いらっしゃったような気が……」

「なぜ、あんな目立たない子と!?」

「ありえませんわ!!」


 私が呆然としていると、辺りが喧騒に包まれる。その様子に気付いたギルバートさんが生徒たちの方へと振り向き、口元に指を当てる。いわゆる、静かにしなさいというやつだ。それを見た生徒たちが押し黙る。

 これで本当に静かになるのは、この方だからだろうなぁ少し笑ってしまう。


 私は小さく息を吐くと美しい薔薇の花束を受け取り、めいっぱいの笑顔を見せる。


「……ありがとうございます。私もギルバートさんのことをお慕いしております。これからも、よろしくお願いします!」


 私の返事にギルバートさんは破顔し、生徒たちからは驚きと歓声が上がった。


 翌日、幼馴染ミュロアの引き立て役でしかなかった地味で目立たない私が、憧れの騎士団長さまに公開プロポーズされたと学園中の話題になるのであった。



 ◇◇◇


(後日談) 


「ギルバートさん、聞いても構いませんか?」


「何でも、どうぞ」


「……あの……いつから、私のことを?」


「君の、平手打ちを見た時から」


「え?」


「最初に一緒に連れて行ってほしいって言われた時は、真面目でお人好しな子だなっていう印象しかなかったよ。こんな様子では悪い人間にすぐに食い物にされてしまうだろうなって……でも、その後の平手打ちと啖呵たんかには感銘を受けた。きっと、あの時には惹かれていたんだと思う」


「……そ、そうだったのですね……」


 私は赤くなった頬を両手で隠すように包み込む。


「嬉しいです。私の一方的な片想いでしかないと思っていたので……」


 ギルバートさんは微笑むと、私の手を取り柔く握り込んでくれる。それが嬉しくて笑っていると、ふとプロポーズしてくれた時のことを思い出す。


「あっでも、皆の前でのプロポーズはさすがに気恥かしかったです。まさか、あんな大勢の前で……」 

 

「ああ……あれは、牽制の意味も込めているからね」


「ん?」


「君に手を出さないようにっていう……ね?」


 もの凄く良い笑顔で、そんなことを言われて瞬きを繰り返したあと、吹き出してしまう。


「……ふふふっ、そんな人いませんよ。ギルバートさんみたいな雲の上のような存在の方に好きになってもらえたのも、奇跡みたいなものですし。私は幼馴染みたいに、美人でも魅力のある人間でもありませんから」


 私の言葉にギルバートさんが目を細める。口元は笑っているが目の奥が笑っていない。


「ふぅん。君は自分のことを、そんなふうに思っているんだ」


「……え、あ、あの……?」


 な、なんだか、怖い……。


「まあ、それだけ周りの者たちの君に対する扱いが酷かったってことなんだろうね」


 ギルバートさんが、少し寂しそうに息を吐く。


「じゃあこれからは、それまでの分を取り返すくらい、君を全力で甘やかすし愛していくから覚悟しておいてね、ルメル?」


「お、お手柔らかにお願いします……」


 こうして私は今日も明日も明後日も……これか

ら先、ずーっと麗しの騎士団長さまに愛されてゆくのでした。


 



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