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第一章 1-1:異世界への墜落と知の目覚め

意識が浮上する。まず感じたのは、頭の芯を穿つような激しい痛みと、全身を襲う鉛のような倦怠感だった。**冴木さえき 凱斗かいと**はゆっくりと目を開ける。視界に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。


ひび割れた石造りの天井。そこかしこに蔦が絡みつき、天井の隙間からはまばらに光が差し込んでいる。そこは、彼の知るどの研究所でもない。無機質な白と、精密な機器の並ぶ彼の研究室とは、あまりにもかけ離れた光景だった。


「……ッ、頭が……」


体を起こそうとすると、ギシリと軋むような痛みが走る。どうやら、かなりの高さから落下したらしい。凱斗は混乱する頭で、最後の記憶を辿る。


あの実験だ。多次元宇宙への転移実験。理論上は可能だったはずの、あの実験で、何かが起きた。


彼の視界の片隅に、普段は見えないはずのものが映り込む。それは、空間を満たす微細な粒子のようなものだった。それらは複雑なパターンを描きながら、まるで生き物のように蠢いている。彼の脳は、それを根源的な情報データとして認識する。


周囲を見渡す。崩壊した建造物。土壁は蔦に覆われ、地面には瓦礫が散乱していた。わずかに聞こえるのは、風の音と、遠くで聞こえる奇妙な唸り声。空気は澄んでいるが、どこか土と草木、そして微かな血の匂いが混じっている。


その中で、錆びた金属片が彼の目に留まった。奇妙な構造に興味を惹かれ、凱斗はそれを拾い上げる。


「座標のズレ、環境変動、異常なエネルギー数値……全てが異常だ。地球の物理法則が適用されない領域か?」


凱斗の頭脳は、痛みの中でも既に高速で状況を処理し始めていた。彼の感情は、この未知の状況への恐れよりも、純粋な知的好奇心を優先していた。分析できるデータがある。それが、彼にとって何よりも重要だった。


指先で金属片に触れると、微かに空間に満ちる粒子が吸い込まれるような感覚がある。


「なるほど……。これほど高濃度に偏在しているとは」


その時、遠くで聞こえていた唸り声が、急速に近づいてくるのがわかった。そして、その唸り声の主から放たれる歪んだエネルギーの波動は、強烈な不協和音を奏でていた。彼の視界に映るエネルギーの動きが、明確に「敵意」を帯びて迫ってくる。


その速度は異常だった。そして、その存在から発せられるエネルギーのパターンは、どこか生命の法則から逸脱した、歪んだ「ノイズ」の塊だった。


「……来る」


凱斗は立ち上がろうとするが、激痛が走り、体は鉛のように重い。


彼の脳内では、自身の身体状況、戦闘能力、生存確率が瞬時に計算され、「極めて低い」という結論を導き出していた。


冷静に状況を評価する彼の知性は、初めて明確な焦燥感を覚えた。物理的な脅威に直面し、彼の「合理性」だけでは抗えない現実が、そこにあった。


瓦礫の山から、うめき声と共に、異形の影が這い出てきた。それは、見るもおぞましい姿だった。人の形を歪ませたような体躯に、鋭い爪と牙。全身からは禍々しい歪んだエネルギーが溢れ出し、彼の視界で不快な色の光を放っている。魔物だ。


一匹、また一匹と、複数の魔物が凱斗を取り囲むように現れる。彼らの動きは鈍重に見えて、しかし恐ろしく速かった。飢えた獣のような視線が、凱斗の存在を捕らえる。


「逃走経路の確保は不可能。武器、なし。回避行動、不可。どうする……?」


彼の頭脳は、必死に状況を打開する方程式を導き出そうとする。しかし、目の前の現実は、計算で解決できる範疇を超えていた。彼の体は、地球の物理法則に最適化されており、この異世界の歪んだ環境下では、あまりにも脆弱だった。


一番近くにいた魔物が、その異形の腕を振り上げる。臭気が鼻を突き、凱斗の脳裏に「死」というデータが明確に浮かび上がった。


その瞬間だった。


一筋の蒼白い光の奔流が、彼の横を掠め、魔物の体を貫いた。


「グアァアアアアッ!」


断末魔と共に、歪んだエネルギーを撒き散らしながら、魔物は崩れ落ちる。凱斗は目を見開いた。彼の知覚が捉えたのは、異常な高エネルギーが、極めて効率的な収束型で放出されたデータだった。


「遅い!」


活発な声が響く。振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。短く切り揃えられたアッシュブロンドの髪の毛先が、微かに虹色の光を放っている。彼女の腰には、光を収束させるための装置が取り付けられていた。


彼女の瞳は鋭く、もう一体の魔物に向かって、迷いなく蒼白い光の奔流を放つ。流れるような動きで魔物の攻撃をかわし、再び光の矢でその急所を射抜いた。次々と魔物が倒れていく。彼女の身体から発せられるエネルギーの波動は、まるで歌を奏でるように整然としていた。凱斗の視界のデータが、その美しさに一瞬だけ「解析不能」な情報を送った。


「あなた、大丈夫?動ける?」


魔物を全て倒し終えた女性が、凱斗に駆け寄る。彼女の瞳は明るい茶色で、そこに浮かび上がる微かな紋様を、凱斗は本能的に捉えた。まるで、彼女自身がこのエネルギーの結晶でできているかのようだった。


凱斗は、痛みの中で体を起こし、冷静に彼女を分析する。


「……貴女は、そのエネルギーをどうやって、あれほど効率的に収束させた?」


質問は、彼が死の淵から生還した直後のものとしては、あまりに場違いだった。


女性は、呆れたような表情で凱斗を見つめる。


「はぁ?何言ってるのよ、あんた。生きてるんでしょ?よかったぁ……もう、びっくりさせないでよね!」


彼女は心配と安堵が混じったようにため息をつきながら、凱斗の肩を掴み、その脈を測ろうとした。その指先が触れた瞬間、凱斗の視界のデータに、彼女の体内に流れるエネルギーの、微細な不協和音が映し出された。それは、何らかの異常を示唆している。


凱斗は、そのデータに再び知的好奇心を刺激される。


「なるほど……。生体反応にわずかなノイズ。エネルギーの不規則な滞留。興味深い」


彼の真顔での発言に、女性の表情がピシリと固まる。


「あのねぇ!あんた、助けてもらったばかりなのに、もっと他に言うことないわけ!?普通、『ありがとう』でしょ!?」


彼女は、呆れと怒り、そしてどこか幼い不満が混じったような、人間らしい反応を返した。凱斗は、その感情の波長を理解しようと、じっと彼女の顔を見つめる。


この女性こそ、流浪の研究者集団「アノマリー」のメンバー、リィンだった。



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