8 花嫁修行
アルーアの花嫁に決まってからやることは山積みだった。中でもアルーアの歴史、言語、作法を学ぶことは大変なことだと周囲は思っていたが、シャロンはそれを難なくこなした。
「シャロン様はまるで最初から知っていたかのようだ」
教師が舌を巻くほどの才媛ぶりだった。
実際には1度習ったことがあるし、1年間アルーアで暮らした記憶がある。そのおかげもあって、花嫁修業は楽に進んだ。
回帰前は、偏見も捨てきれてなかったし、沈んだ気持ちで花嫁修業を受けていた。自分のことを哀れだとさえ思っていたように感じる。
今はアルーアについて学ぶことの全てが楽しかった。
そんなシャロンをアルーアへ嫁がせるのを惜しむ声が上がったのも事実だった。
「アルーアへ嫁ぐのはどういう気持ち?」
ある日、リエッタに尋ねられた。花嫁修業を終えて自分の宮へ帰る途中で、リエッタと会ったのだ。彼女は彼女で、妃教育を続けている。
陽射しが強く、ふたり木陰に並んだ。
「そうね……楽しみよ」
シャロンがそう言うと、リエッタは信じられないと言うような顔をする。
「蛮族の国よ? それも第2王子だわ。天主様とは比べ物にならないわ」
そう言われてシャロンは苦笑する。シャロンはその第2王子にまた会いたいのだ。
「蛮族じゃないわ。長い歴史のある国よ。きっと良い人だと思うわ」
「……信じられない。負け惜しみで言っているの?」
「そんな風に見える?」
シャロンは微笑んだ。誠実なひとであることを自分だけはこのレアルで知っている。それだけで良かった。
「リエッタこそ、妃教育を頑張って。天主様を支える大役だもの」
「……言われなくてもわかってるわ」
「……もしかして、妃教育があまり進んでないの?」
そう尋ねるとリエッタはうつむいた。シャロンはもう妃教育を受けていない。リエッタがどんな状況にいるのかわからなかった。
「……そんなこと、ないわ」
「なら良いんだけど。なんだか元気がなさそうね」
「そんなことないったら……!」
リエッタは大声を上げた。シャロンはどうしたのだろうか、と思う。リエッタはアルーアへ嫁ぐのは嫌だと言っていた。それならば、今の彼女の状況は、すんなりと彼女の望んだ通りになっているというのに。
「なにかあったら話してね」
そう言うと、リエッタははっとしたようにシャロンを見てすぐに首を振った。
「……本当に、なんでもないのよ」
「なら、良かったわ」
もしかしたらリエッタは天主と上手くいってないのだろうか、と考えが過ってシャロンはすぐ首を振る。リエッタも天主に憧れていたし妃になりたいと思っているはずだ。ましてや天主が彼女を冷遇する姿も思いつかない。
「それじゃ、リエッタまたね」
軽く抱きしめてシャロンは自分の宮殿へと続く道を辿る。シャロンの胸の中には希望が溢れていた。そんなシャロンの背を、リエッタは見えなくなるまで見送っていた。