7 天主とレヴィア
「おかしいとは思わないか?」
時刻はもう真夜中近い。天主の私室には、疲れた様子のレヴィアと天主の2人だけだった。
「シャロン嬢のことですか?」
「そうだ。自分からアルーアの花嫁になると言い出すなんて思えない」
そう言うと、レヴィアはやれやれというように肩を竦めた。
天主がリエッタよりも、シャロンのことを好ましく思っているのは見ていればわかる。なにしろ、赤ん坊の頃からの付き合いだ。
「でも実際、そう言い出したのはシャロン嬢でしょう。彼女が自ら名乗り出た以上、どうしようもありませんよ」
「それはそうだが……異郷の地へ嫁がせるなんて」
それを聞いてレヴィアは呆れる。アルーアとの国交成立は、天主が命じたことだ。花嫁として嫁がせることも、条約で結んである。このレアルで最も高貴な女性は、シャロンとリエッタだ。そのどちらかが嫁ぐことは、天主も理解しているはずだ。だが立場を離れ、心情として割り切れないのだろうと思えば、納得が行くし好ましくも思えた。
「そんなに手放したくなかったのなら、最初からご自分の花嫁にすればよかったのでは?」
「そういう訳にはいかないのは、おまえもわかっているだろう」
天主は公平でなくてはならない。誠実でなくてはならない。その窮屈さが不憫にも思える時がある。そして、常に正しくあろうとするその姿勢も。
「……おまえの養い子は、シヴァと言ったか?」
レアルでは召し上げられた赤児は、年長者がその養い親になって後見人になるのだ。
シヴァの名前を出されて、レヴィアは嫌そうに眉を顰めた。シヴァは15歳になったばかり。レヴィアがまだ10歳の頃に養い親になった。子どもと言うには年が近く、弟のように可愛がっていた。
「そうですが……。シヴァがなにか? 嫌な予感しかしないんですが」
「シャロンの従者として、アルーアについて行ってもらえないだろうか」
レヴィアが目を細める。
「それはご命令ですか?」
「そう思ってくれても構わない」
2人の間にしばし沈黙が落ちる。やがてレヴィアはため息をついて首肯した。
「シヴァに聞いてみます。ですが、嫌だと言われた時には、俺は無理強いはしませんよ」
「わかった。それで良い」
天主は息をつく。
なぜ、と思う。なぜ、自らアルーアに嫁ぐと言い出したのか、と。
「自由にならないというのも、嫌なものだな……」
ぽつりと零すような言葉に、レヴィアは頷く。天主に比べれば、自分は自由が効く方だ。彼の胸中を思えば、不遜かもしれないが哀れにも思う。
「レヴィア、おまえは結婚しないのか?」
「まだ、誰かに縛られるつもりはないですよ。ただでさえ政務が忙しいのに」
「……ずるいな」
幼い頃からの付き合いの気安さで、天主が本音をもらす。
「決まってしまったのはもう仕方ありません。腹を括ってください」
「わかっている」
天主はシャロンを想う。小さい頃から、自分を慕ってくれていた。もし花嫁を迎えるならーーそう思っていた。
その彼女は異郷に嫁ぐことを選んだ。
天主はそう思ってため息をついた。