66 祝福の花舞う日
「とてもお綺麗ですよ」
リラに鏡を渡される。そこには化粧を施し、いつもよりも少し大人びて見える自分がいた。
吉日を選んだ、この日。アルクトゥールスの宮ではささやかな結婚式が執り行なわれた。
宮の庭には桃の花が咲き、八重咲きの白みがかった薄紅色をした花が咲いている。
縁起物の花だというそれは、宮の至るところにも美しく飾られていた。馥郁とした香りが宮の中に漂っている。
花嫁のシャロンの隣で、花婿のアルクトゥールスも穏やかに笑っている。
アルファルドとレグルスが、横笛でアルーアの祝いの曲を吹いてくれる。シャロンは、その音色に聞き入った。澄んだ美しい笛の音は、心をとても満たしてくれた。リラは食事を取り分けてシャロンとアルクトゥールスに出してくれる。
優しく温かな時間が流れてゆく。
「シャロン殿、改めて弟のことをお願いします」
アルファルドが笑みを浮かべて律儀に頭を下げる。
「おめでとう! シャロン」
レグルスが抱きついてきたのを、大人気なくアルクトゥールスが引き離した。
「兄叔父上のケチ!」
「ケチじゃない。抱きつくな」
そのやり取りに、皆が笑う。
出席者はアルファルドとリラとレグルスだけのささやかな、けれども、心から温かくなる式だった。
アルファルドとリラの手配によって、心尽くしの料理が並べられている。
アルクトゥールスとシャロンが、アルファルドによって注がれた盃を酌み交わした。
レグルスが薔薇の花びらをまいてくれる。
はらはらと鮮やかな花びらが舞う中を、アルクトゥールスと手を繋いで一緒に歩いた。
見上げると空が霞むほどの花びらが舞っている。ふたりで見る景色は息をのむほどに美しかった。
こんな穏やかな日が来るなんて、こんなに誰かを好きになって、愛して、しかも愛される日が来るなんて思わなかった。
「そうだ、これ」
アルクトゥールスが小さな包を取り出し、シャロンに渡した。
「なに……?」
「開けてみてくれ」
そっと包み紙を剥がすと、百合の花をモチーフにしたそれは見事な細工の鼈甲の髪飾りが入っていた。
驚いてアルクトゥールスを見ると、口元に手をやりボソボソと言う。
「要らないって言われたけれど、おまえに似合うだろうと思って今日のために作らせたんだ。もらってくれないか……?」
「……ありがとう。大切にするわ」
「俺がつけてやっても良いだろうか?」
「うん……」
アルクトゥールスは、百合の花の鼈甲の髪飾りを、シャロンの髪にそっと纏めて付けた。
「とても……その、似合っていると思う」
「ありがとう……」
ふたりとも赤面して、そして、見つめ合った。風が吹いて花びらがふたりを包むように舞い上がる。
走ってきたレグルスと、それを追ってきたアルファルドとリラが合流する。囁くようにレグルスが言う。
「もしさ、兄叔父上とシャロンの間に女の子が産まれたら、僕のお嫁さんにちょうだい」
「レグルス、おまえにはやらない」
「ええ! なんでー!?」
どっと笑いが起こる。シャロンも笑った。
皆に温かく見送られ、手を繋いで宮に帰り2人きりになった。シャロンの脳裏に回帰前のことが思い浮かぶ。
ひとりで寂しかった日々、想い人がいるのではと苦悩した日々。素直になれなかった日々。
とても、苦しい記憶だったけれど、それがあったからこそ、回帰してからは自分に素直になれた。
目頭が熱くなってそっと涙を拭う。大丈夫か、と心配そうに覗き込むアルクトゥールスに、シャロンは笑ってみせる。
私ね、とシャロンは微笑む。
「あなたと、出会えて良かった」
シャロンの心からの言葉だった。喜びも悲しみも、これからはひとりではない。ずっと一緒なのだ、と。そう思いながら彼に寄り添う。
「ああ、俺もだ。おまえと出会えて……本当に良かった」
アルクトゥールスが、優しくシャロンを抱き寄せた。
その言葉を聞いて胸が熱くなる。そして、そっと口づけを交わす。ゆっくりと2人の影が重なる。床にシャロンの美しい白銀の髪が広がった。
やり直す機会を与えられ、遥かなる異郷の地で幸せを見つけた。優しく関わってくれた人々に、どんなに感謝してもしきれない。巡る季節をこれからはふたりで思い出を紡いでゆくのだ。
幸せに甘く酔いながら、夜は静かに更けていく。
はらはらと花が舞う。
最後にひとひら、ゆっくりと舞い落ちた。
お読み下さって本当にありがとうございました……!
心から感謝申し上げます。




