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62 人を恋うる

「シヴァがレアルに戻って寂しくなるな」

 アルクトゥールスにそう言われて、シャロンはうん、と力なく頷く。シヴァは1度レアルに報告へ行くと旅立った。シヴァには心配も迷惑もたくさんかけた。また戻ってきてくれるのだろうか、と思う。

 そして首を振る。もし、彼が戻らなかったとしても、この感謝の気持ちには変わりがない、とシャロンは思い直した。

 夕餉も食べ終わり、温泉にも浸かり、ふたりで果実酒を飲みながら話をしている。戴冠式などで忙しく、夜にゆっくりと話せるのは随分と久しぶりだった。

「アルクも疲れてはない? ずっと忙しかったでしょう?」

「少し、な。おまえこそ大丈夫か?」

「私は大丈夫。心配してくれてありがとう」

 証言をしたあの日以来、ずっとアルクトゥールスは気遣ってくれる。本当に優しいひとだ、とシャロンは思う。

 アルクトゥールスはひとつ咳払いをして、それで……と、彼は言いにくそうに言葉を続ける。

「その……約束した結婚して半年は過ぎてしまったけれど……」

「うん……」

 彼は言葉を続ける代わりに、両手を広げてみせる。シャロンはおずおずとその腕の中におさまった。アルクトゥールスの鼓動が聞こえる。そのことに心からの安堵を覚える。シャロンは躊躇いがちにアルクトゥールスの背に手を回した。

 吐息のようなため息をついて、アルクトゥールスがシャロンを抱きしめる。私ね、とシャロンは続ける。

「私、アルクが好きなの」

「……知っている」

 前に聞いたから、と彼は答える。

「俺も、おまえが好きだ」

「……知ってる。前に聞いたから。でも、嬉しい」

 アルクトゥールスの、シャロンを抱く力が強くなる。シャロンも回した手に力を込めた。

 そっと影が重なり、口づけを交わす。啄むような口づけをして見つめ合った。何度も方向を変える口づけはどこか、たどたどしい。

 シャロンは真っ赤になってうつむいた。

 アルクトゥールスが、そんなシャロンを愛おしそうに抱きしめる。

 照れてうつむいてしまったシャロンに、アルクトゥールスが囁くように言う。

「結婚式をもう一度やり直さないか?」

「え?」

「ささやかな、本当に身内だけの式を。結婚式では酷い態度を取ってすまなかった。ここから先は結婚式からやり直したい。心からおまえを迎え入れたいんだ」

「……あリがとう」

 アルクトゥールスの言葉にシャロンは頷く。

1度目はふたりとも不本意で、2度目はアルクトゥールスが不本意で。今度こそ、望み望まれての式になるだろう。

「私、アルクとずっと一緒にいたいな……」

「俺はもちろんそのつもりだが……?」

「年をとっても……?」

「もちろん」

 いくつもの年を一緒に重ねられたらどんなに幸せだろうかと思う。

「お義母さまも、式に呼べるかしら」

「最近は少し落ち着いたけれど、まだ無理だろうな。俺と親父を混同しているからな……」

「そう……。いつか、娘として見てくれる日が来たら私も嬉しいんだけど……」

「そうだな……いつか、な」

 そんな日がいつか来れば良いと本当に思う。

 ところで、とアルクトゥールスが咳払いをする。何事かと彼を見れば、真面目な顔で自分を見ている。

「結婚式を挙げたら、約束……果たしても良いだろうか」

 そう耳元で囁かれて、シャロンはこくりと頷く。

「うん……」

 初めてだから不安がないと言えば嘘になる。だがそれよりも、アルクトゥールスの大きな手で触れられることに、喜びを覚えている自分がいる。

 不思議だ。アルクトゥールスならば、というこの気持ちも。彼でなければと思うこの気持ちも。

 人を恋うるこの気持ちは一体、どこから湧いてくるなのだろう。枯れない泉のように心の底から湧き出てくる。

「……結婚式が終わったら、もう自制はしないから。覚悟をしておいてくれ」

 アルクトゥールスの言葉に、シャロンは再び真っ赤になってうつむいたのだった。

 


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