60 新王即位
戴冠式がはじまる様子をシャロンは間近で見つめていた。王宮の大広間で儀式ははじまった。
楽人たちによる厳かな楽の音が響き渡る。
黄色地に金糸銀糸の細かな刺繍が施された華やかな王の衣装を身に纏ったアルファルドが一歩前に進んで頭を下げた。
白地に銀糸の刺繍を施された正装姿のアルクトゥールスが、アルファルドの頭に、そっと宝冠を載せる。
本来ならば長老が王に宝冠を載せるらしいが、アルファルドのたっての願いでアルクトゥールスが引き受けたのだ。
アルファルドの横には朱色に金糸銀糸の刺繍が施された王妃の衣装姿のリラと、白地に金糸の刺繍を施された王太子の衣装姿のレグルスが立っていた。金糸の刺繍は、王と王妃、そして王太子にしか許されていないものだ。
リラのまとめ上げた髪には美しい鼈甲の簪が揺れている。
王の心神耗弱による緊急事態。そのため、戴冠式は極質素に、だが、厳かに行われた。
シャロンはアルクトゥールスと同じ、白地に銀糸の刺繍がされた正装を着用している。
その隣に立つシヴァは、レアルの代表として、正装である官吏服に身を包んでいた。
宝冠を被り、金糸銀糸の王の衣装に身を包んだアルファルドが身を翻すと、家臣たちは皆、一斉に頭を下げた。シャロンも同じように、頭を下げる。
ここに、アルファルドを王とする新しい朝が開かれたのだった。
王宮の外では春を迎えた上、新王誕生の喜びに、市民たちが押し寄せ、花びらを一斉に祝福と共に撒いた。花びらは風に乗って、どこまでも青い空を飛んでゆく。
まるでこれからのアルーアの明るい未来を暗示しているかのようだった。
アルファルドが、王宮の階に立ち、民に手を振る。リラとレグルスも、一緒に手を振った。
そんな中、ほっとした様子のアルクトゥールスと目が合う。シャロンはお疲れ様の気持ちを込めて微笑んだ。 アルクトゥールスも、シャロンに笑いかける。
これから、アルファルドたちは、輿に乗って街を練り歩く。新国王のお披露目をするのだ。
役目を果たしたアルクトゥールスは、シャロンの隣にやってきた。シヴァを見て頭を下げる。
「レアルの使節として出席してくれて感謝する」
「良い即位式でしたね。おめでとうございました」
「アルクも疲れたでしょう。お疲れ様」
シヴァとふたりで労うと、アルクトゥールスは晴れ晴れとした表情を見せた。
「俺の役目はもう終わったからな。早くこの重い衣装を脱ぎたい……」
「着替えましょうか、私たちは。シヴァも……」
「僕はもう少しこの官吏服でいます。おふたりとも着替えてきてください」
シヴァはレアルの代表としてここに残ると言っているのだと理解して、シャロンは、シヴァに心のなかで感謝した。
アルーアの若い貴族がシヴァへと話しかけ、シヴァはにこやかに対応している。シヴァの周りにはいつの間にか人だかりができていた。
シヴァとそっと目礼を交わし、西の宮へと帰ると、それぞれ正装から普段着に着替えた。肩が凝ったとアルクトゥールスは言うけれど、表情はとても穏やかだ。
ふと、気がかりだと言うように、シャロンに視線をやった。
「王弟妃でも良いか……?」
「もちろんよ。アルクといられればそれで良いもの」
シャロンはアルクトゥールスに微笑んで頷いた。身分なんて関係ない。アルクと一緒にいたいのだ、と言外に彼に伝える。アルクトゥールスはほっとしたような息をついた。
「少し抜け出すか?」
「え、いいの?」
「外を見てみよう。こんなことそうそうないからな」
そう言われて王宮の裏門から外へ出ると、そこには花が撒かれ、楽しげに踊る人々がいた。皆、楽しそうに、微笑んで踊っている。踊り方は思い思い、好きに踊っているようだった。
「踊るか……?」
「うん……!」
アルクトゥールスの手を取って、踊った。くるくると回って踊っている最中に注目を集めてしまったようで、ふたりの周りに人だかりができて、やんややんやと囃し立てる声に囲まれた。
シャロンとアルクトゥールスは、顔を見合わせて笑う。しばらくの間、心から踊ることを楽しんでいた。
新王即位に人々は浮かれ、夕方を過ぎても王宮前には寿ぐ大勢の人々で溢れていた。




