55 運命の転換点
抱きかかえられたまま、アルクトゥールスの宮へと向かった。アルクトゥールスは驚く使用人たちの人払いをし、宮にはアルクトゥールスとシャロンだけになる。
舅はよぼど思い切り力を込めたのか、シャロンの頬は腫れ上がっていた。
棚から薬草を取り出し、アルクトゥールスは手当ての準備にかかる。その前に水差しから水が注がれ、口を漱ぐように言われた。
「口の中が、切れて気持ちが悪いだろう……」
その通りだったのでシャロンは口を漱いだ。吐き出した水は赤い色が混じっている。それを何度か繰り返すうちに、水に赤色は混ざらなくなった。口をハンカチで拭く。アルクトゥールスが薬草をとって、シャロンの頬の手当てをする。
その時、シャロンの白い首筋に赤い跡があるのを見て、彼は怒りに震えた。
シャロンはどうしたのかと、アルクトゥールスを見る。アルクトゥールスは何も言わず、シャロンを抱きしめた。
「アルク……少し苦しい……」
「なぜ、俺を呼んでくれなかった……」
「アルクが心配だったの」
「自分が危険な目に合うよりもか!?」
シャロンは静かに頷く。ここから先はシャロンも知らない。どうなるかもわからない。それでも、最悪の事態を回避できたことは、彼女の中で大きな安堵となっていた。
「もう、私のこといや……?」
耳朶を舐められ、体をまさぐられた。そんな自分を嫌だと思われても、とても悲しいけれど、仕方のない気がした。辛いという気持ちは変わらなかっわたけれど……。
アルクトゥールスは、ばか、と言ってシャロンを抱き寄せる。痛いほどに抱きしめられて、彼が少し震えていることに気づく。
「本当に間に合って良かった……」
「アルクが、無事で……本当に良かった……」
アルクトゥールスの腕の中におさまり、やっと涙が出てきた。それは、安堵の涙だった。アルクトゥールスも自分も無事だったことへの安堵だ。
アルクトゥールスは背を撫でてくれる。それに甘えて、シャロンはほっと息をつく。
そして、シャロンからもアルクトゥールスを強く抱きしめる。アルクトゥールスの鼓動の音が確かに聞こえる。自分の鼓動と重なる。
ああーー私達は生きている、やっとそう心から安堵して、シャロンは抱きしめる手に力を込めた。
まさに今、運命が変わったのだと実感した。この先どうなるのかは、まだ誰もしらないのだ、と。




