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53 失言

 シヴァの宮で能力の使い方を教わったある日、シャロンはひとり庭を散策していた。夕刻を間もなく迎えようとするアルーアの風はやわらかく、陽射しも優しい。風に長い白銀の髪がふわりと靡いて、シャロンは髪を押さえた。

「シャロン!」

 名前を呼ばれてそちらを見ると、レグルスが子犬のように駆けてきてシャロンに抱きつく。

 シャロンも笑顔になって、レグルスを抱きとめた。

「レグルス、こんにちは。シヴァのところへ行くの?」

「うん、そうだよ! でもシャロンと会えてうれしい! 兄叔父上ばかりシャロンを独り占めして本当にずるいよ」

 頬を膨らませて言うレグルスを、微笑ましくシャロンは見やる。アルファルドとリラの仲は睦まじく、その一粒種のレグルスも大切に愛されている。そのことが、彼の大らかな性格を形づくっているのだろう、とシャロンは思う。

「そうだ、シヴァからお菓子を貰ったの。レグルス、食べる?」

「わーい。食べる!」

 満面の笑みで答えられ、シャロンとレグルスは庭の四阿に腰を落ち着けた。持っていたバタークッキーを袋から取り出して、レグルスに渡す。

「レアルのお菓子なの。バタークッキーって言うのよ」

「あリがとう。いただきます」

 レグルスはぺこりと頭を下げると、バタークッキーを頬張った。口に合ったのだろう、にっこりと微笑んでシャロンを見る。

「甘くてとっても美味しい!」

「それは良かったわ。たくさん食べて……と、言いたいところだけど食べ過ぎると夕餉が食べられなくなるわね」

「大丈夫! 僕、夕餉もちゃんと食べるよ」

 レグルスの言葉にシャロンは微笑んで頭を撫でた。

「偉いわね。たくさん食べて大きくならないとね」

「うん! 兄叔父上よりも大きくなるよ!」

 アルクトゥールスをライバル視しているのがおかしくて、シャロンは思わず笑ってしまう。

「あ、シャロン。笑ったでしょう」

「ごめんなさい。つい、可愛らしくて」

 そう言うとレグルスはますます頬を膨らませた。手についたバタークッキーの食べかすを払うと、真面目な表情でシャロンを見る。

「ねえ、シャロンと兄叔父上って、本当は結婚してないんでしょ?」

「え?」

 どきりとして、シャロンは聞き返した。

「なんのこと?」

「僕、聞いちゃったんだ。父上と兄叔父上が話してるの。シャロンは本当にお嫁さんにはなってないって。だからさ、シャロン、僕のお嫁さんになってよ!」

「レグルス、あなたそのこと誰かにーー」

 そう言いかけた時だった。

「それは真か」

 その声に肩を震わせる。視線を向けた先には、驚いた様子の舅がいた。驚き声も出ないシャロンに、舅は近寄っていく。

「アルクと真の夫婦になってないとは真実か?」

「いいえ……! 私は」

「レグルスは聞いたのだろう。父親たちが話しているのを」

「お爺さま、僕は、そのーー」

 レグルスの言葉も聞かず、舅はシャロンの手を強引に引き寄せた。

「アルクが要らぬと言うのなら、儂が貰おうではないか」

 そう言って引きずるように、シャロンを連れ去ろうとする。なんとか振り払おうとしても、力が強く振り払えない。

「レグルス、大丈夫よ……!」

 呆然としているレグルスに声をかけるのがやっとで、シャロンはそのまま手近の部屋へと連れ込まれた。

 その部屋の奥には、剣が飾ってある。それを見て、シャロンは蒼白になった。


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