48 蝋燭祭り
新月の夜だった。空には月がなく、暗闇が覆っている。シャロンはなんとなく不安になってひとり空を見上げた。漆黒の夜に吸い込まれそうだと思う。夕食も取り終わり、アルクトゥールスはアルファルドの東の宮に所用で出かけていた。使用人も下がり、宮にはシャロン一人きりだった。
「どうした?」
アルクトゥールスの声がして、彼が部屋に入ってくる。シャロンは、ほっとして笑顔になった。
「なんでもないの。月がなくて暗いなって……」
「ああ、アルーアの冬は夜が深いからな。そうか、今日は新月だから……」
アルクトゥールスがなにか考え込む素振りをして、準備をしはじめた。シャロンはなにをやっているのだろうと、アルクトゥールスを見る。
彼は燭台に蝋燭を灯し、ひとつをシャロンに手渡した。彼は笑う。
「ちょっと夜の散歩に行こう」
「散歩?」
「ああ。ちょっと街までな」
その言葉にシャロンは、驚いて目を丸くした。
夜は深く暗い。前と同じように王宮の裏門から出て、夜道を歩く。蝋燭の炎が風に揺れる。
「寒くはないか?」
「平気。ありがとう」
アルーアの冬はレアルよりも厳しい。吐く息は白い。空いた方の手をアルクトゥールスが握ってくれている。その手は温かかった。
「この蝋燭、良い匂いがするわ」
「ああ。植物から作られているからかな。レアルの蝋燭とは違うのか?」
「レアルでは蜜蝋か、獣脂だから少し匂いが強いかも」
「蜜蝋なら高価だな。王宮で使われているものなら質も良いだろうから」
そうね、とシャロンは頷く。知らないことがあまりにありすぎて、自分がちっぽけな存在のように思える時がある。
「こっちには虫で作られている蝋燭もあるぞ」
「えっ……この蝋燭は!?」
「はは……これは植物でできているものだから安心しろ」
「もう……!」
そんな話をしながら、街へと下って行く。すると、だんだんと蝋燭の灯りが、あちらこちらにゆらゆらと揺れているのが見えはじめた。
「アルク……」
少し怖くなって身を寄せる。アルクトゥールスは、シャロンの手を安心させるように少し強く握った。
「大丈夫だ。このまま広場へ行くぞ」
「うん……」
広場へ出ると、月のない夜に蝋燭の灯りが無数に浮かび上がった。広場の中央に大きな台が設置されており、そこに人々が手にした蝋燭を置いていく。アルクトゥールスに促され、シャロンも台に蝋燭を置いた。
広場は無数の蝋燭の温かな灯りに照らされて、息をのむほどに美しかった。
「蝋燭祭りというんだ」
アルクトゥールスが、そっと囁くように言う。
「冬の新月に蝋燭で広場を照らす祭りでな。祖先が見守ってくれるように祈りを込めて蝋燭を捧げるんだ」
「綺麗……」
ゆらゆらと蝋燭の温かな灯火が広場いっぱいに揺れる。後から後から人々がやってきては、蝋燭の灯りが増えていく。シャロンは息を飲んでその光景を眺めた。
祖先を悼む祭りがあるのを初めて知った。1周目のアルクトゥールスは、自分がいなくなった後、私のことを思い出してくれただろうか、とふと思った。
横に立っているアルクトゥールスを見上げる。彼の表情もなにもかも、1周目とは違うと思う。嬉しさがこみ上げてくる。
「残念ながら今日は屋台はでていないけれどな」
「うん。でも、とても綺麗……」
「気に入ったなら良かった。また、街に行こうと約束したろう?」
そう言って、アルクトゥールスはシャロンの肩を抱き寄せた。広場から少し離れたところで、灯りを眺める。
「連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして」
そっと礼を言うと、アルクトゥールスは笑った。その横顔がとても優しくて堪らなくなる。とても寒いはずなのに、心のなかはとても温かい。まるであの蝋燭の灯りが灯っているようだと思う。
身を寄せ合って蝋燭の灯りを眺めた。広場には次々と人々が集まって、知り合い同士で談笑する声も聞こえる。
「アルクのこと、私、好きだわ」
気づくと声に出していた。アルクトゥールスが驚いて、そして、照れたように視線を反らせる。
「それは、どうも……」
ふふ、とシャロンは笑う。肩を寄せ合ったそこから、繋いだ手から、じんわりとした温かさが伝わってくる。
「……もう少しで、半年になるな」
「うん……」
「覚えているか?」
「覚えているわ。もちろん」
「そうか……」
ふたり、握った手に力がこもる。シャロンとアルクトゥールスはしばらく無言で蝋燭の灯りと人々の様子を眺めていた。
「帰りの蝋燭はどうするの?」
「無料で配ってくれるから安心しろ」
「それなら良かった。ちょっと灯りがないと、夜道が怖かったの」
「先祖を祀る祭りだからな。悪いことは起こらないさ。さて、そろそろ帰るか」
広場の出口で新しい蝋燭を受け取って、手を繋いで王宮への道を辿る。不安に思えた夜も、アルクトゥールスが側にいると思うだけで、もう怖くはなかった。




