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44 約束

 夜も更けた。

 温泉に浸かりながらシャロンは考える。自分の気持ちを伝えよう、と。

 温泉の湯は滑らかで、心まで蕩かしてしまうほどに気持ちが良い。

 手で掬ってみると、とろりと滑り落ちて行く。

 シヴァの言う通りだと思う。言葉にしなければ伝わらない。アルクトゥールスがどう思っているかはわからないけど、回帰前も今も、自分の気持ちを伝えようとはしていない。伝えなければ伝わらないのだ。

 どうしてアルクトゥールスが口づけをしてくれたのかもわからない。わからないならば聞くしかない。

 なにも聞かないまま、回帰前のようになることだけは、嫌だった。

 シャロンはそう決意して温泉から上がった。水滴の落ちる体をタオルで拭いて夜着に着替える。そのまま、アルクトゥールスの元へと向かった。


宮の寝室へと入ると、既にアルクトゥールスが夜着に着替えて座っていた。シャロンを見ると、少しだけ飲まないか、と薄く割った果実酒を勧めてくれた。

「ありがとう。少しのぼせてしまったから、嬉しい」

「それなら良かった。義姉上が漬けてくれたものなんだ」

「リラ様が? 凄いのね。今度、私にも教えてくれるかしら。ラベンダーのポプリの作り方も教えてもらったの」

「頼んでみると良い。きっと喜んで教えてくれると思う」

 うん、と頷いて、ふたりの間に沈黙が落ちる。

使用人たちももう下っている。話すのならばいましかない、とシャロンは思う。

「あの……」

「あのな……」

 2人の声が重なって、お互いを驚いたように見た。

「アルクからどうぞ」

「いや、おまえから……」

 そんなやり取りをした後、アルクトゥールスが咳払いをした。あのな、と言いかけた言葉をシャロンは思わず遮った。

「やっぱり、私から言わせて……!」

「……どうぞ」 

 アルクトゥールスが勢いに負けたように促した。シャロンは手を胸の前で組み、こくりと喉をならした。あのね、と言葉を続ける。

「あのね、私。アルクが好きなの」

 出てきた言葉は直球だった。自分でもその言葉に焦ってシャロンは続ける。

「だから、口づけされたのも嬉しかった。でも私の能力がそうさせたんじゃないかって不安なの。私……」

 そこまで言って腕を掴んで引き寄せられる。シャロンはアルクトゥールスの胸の中にすっぽりとおさまった。驚いて息もできないシャロンにアルクトゥールスは言う。

「シャロン」

 え? とシャロンは腕の中で小さな声を上げた。名前を呼ばれたのは、回帰後、はじめてではないだろうか。

「白い結婚は撤回してくれないか……」

「え……」

「本当の、俺の妻になって欲しい」

「本当の……? 本当に……?」

 シャロンの声が掠れ声になる。恐る恐る、アルクトゥールスの背に手を伸ばせば、しがみつくような形になる。

「俺は」

 アルクトゥールスが絞り出すような声を出す。

「俺は、おまえが好きだ」

「……本当に?」

「本当に……」

 ふたりの視線が絡み合う。どちらからともなく、顔が近づいて口づけを交わす。果実酒の甘い匂いが交わる。離れて、もう一度今度は深く。

「ん……」

 頭の芯が痺れて、目眩がする。アルクトゥールスの首に手を回す。口づけが甘くてなにも考えられなくなる。

 アルクトゥールスが、やっとの思いでシャロンを離す。改めて向き直って彼は真面目な顔をシャロンに向けた。

「悪い。これ以上続けると自制できなくなる」 

 「自制って……」 

「このまま流されるのではなくて、改めてきちんと枕を交わしたい。もうすぐ結婚して半年になる。その時に……良いだろうか」

「うん……」

 まだ頭が痺れたままで、シャロンはアルクトゥールスにもたれたまま頷いた。

 これは現実だろうか。夢ではないのだろうか。シャロンは頬をつねった。こんな幸せが訪れることはあるのだろうか。

「……なにしているんだ?」

「夢かと思って……」

 その言葉にアルクトゥールスが少し笑う。

「手を繋いで眠ろう。向き合ったまま」

 「うん……」

 涙が溢れて零れ落ちてゆく。それをアルクトゥールスは、優しく拭った。

 ふたりで向き合ったまま、それぞれ床に入る。あれほど願った、見慣れた背中ではなく、アルクトゥールスの顔が正面にある。夢ではないんだ、とシャロンは頭を撫でられるまま、そう思って目を閉じた。

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