41 積もりゆく想い
朝、目を開けると、既に隣にはアルクトゥールスはいなかった。掛けた覚えのない掛布にくるまれてシャロンは身を起こした。
隣に彼がいないことにがっかりしていることを自覚する。
「目が覚めたか?」
ふいに声をかけられ、びくりと肩を震わせる。
視線を向ければアルクトゥールスが立っていた。
「お、おはよう」
昨夜のことを思い出し、顔が赤くなる。それを隠したくてうつむいてしまったシャロンは、アルクトゥールスが同じように顔を少し赤くしたことに気づかなかった。
「おはよう。朝餉の用意ができているから、準備ができたら来てくれ」
「わかった。ありがとう」
夜着にも着替えてなかったことに気づき、シャロンは掛布を引っ張り上げた。自分の不純な想いに気づかれていませんように、と心のなかで祈った。
アルクトゥールスが隣の部屋に去っていくのを見て、がっかりしているのか、ほっとしているのかわからない自分に気づく。
シャロンはそっとため息をつくと、手早く身支度に取り掛かった。
「今日は薬草摘みに行くけど……行くか?」
朝餉を食べている時にそう尋ねられ、シャロンは頷いた。朝餉は、香ばしい焼き魚に、汁物、漬物に炊きたてのご飯だった。アルーアの食事は、味つけがはっきりしていてとても美味しい。
「うん、行きたい」
「じゃあ、食べ終わったらすぐに行こう」
「うん」
アルクトゥールスと出かけられるのは嬉しいし、覚えた薬草をきちんと摘めることを見せられる機会でもある。シャロンは期待に胸を膨らませながら、焼き魚を一口食べた。
今朝の山はひんやりしている。薬草を摘んでいたアルクトゥールスも、顔を上げて空を見上げた。
空は晴れ模様から、少し薄暗く雲が垂れ込めている。
「もう切り上げて山を下りよう。雨が降るかもしれない」
「うん、わかった」
そんな会話をした時に、ぽつりと雨粒が頬に当たってシャロンは空を見上げた。ぽつり、ぽつり、と空から雨が降ってきた。
「遅かったか。すまない。向こうに雨宿りできる洞窟があるから、そこで止むのを待とう。本降りにはならないと思うから」
「うん」
まだあまり薬草は摘めていない。少し残念に思いながら、アルクトゥールスに手を引かれて洞窟へと避難する。洞窟は思ったよりも狭くて、ふたりで並んで座った。雨足は少しだけ強まり、しとしとと雨が降り続いている。
「もう少し天気が持つと思ったんだけどな。すまないな」
「謝らないで。少しは薬草摘めたのよ。見てくれる?」
「ああ」
「これがオトギリソウでしょう? それにこれが、ヨモギ草。シコンにクサノオウ……合ってる……?」
恐る恐る聞くと、アルクトゥールスは薬草を見てから、シャロンを見て破顔した。
「合ってる。凄いじゃないか。でも毒草を摘む才能はどこに行ったんだ?」
「もう……!」
シャロンは頬を膨らませた。摘んだ薬草を丁寧に袋に仕舞いながら話を続ける。
「ちゃんと覚えましたから! もう毒草は摘みません」
「それはそれで残念な気がするな」
「どう言う意味で……!?」
顔を上げると、すぐそばにアルクトゥールスの顔があった。お互い思わず、固まってしまう。
昨夜のことを思い出す。直ぐ側にあった寝顔。ずっと眺めて眠れたら良いのにと思ったことを。
こんなに見つめたら失礼だと思うのに、視線が絡み合い外れない。
手を伸ばして、アルクトゥールスの袖をそっと掴んだ。アルクトゥールスの瞳が熱を帯びるのを見て、シャロンは思う。いま、自分も同じような瞳で彼を見ているのだろうか、と。
どちらからともなく、顔が近づく。唇と唇が触れ合う。本当に触れるだけの口づけ。直ぐに離れて、もう一度見つめ合う。もう一度、とシャロンは願う。今度は先ほどより少しだけ長い口づけをした。唇が離れると、シャロンはアルクトゥールスの袖を掴んだまま、顔を伏せた。やってしまったと思う。
「……すまない」
謝られて、胸が痛くなる。ううん、と首を振ったけれど、顔を上げることができなかった。




