37 冬虫夏草
起きられるようになると毎日のように、誰かしらがお見舞いにきてくれた。真っ先にやってきたのはアルファルドとリラだった。アルファルドは深く頭を下げて中々あげようとはしなかったし、リラはぽろぽろと涙をこぼしてシャロンに抱きついた。一緒に来たレグルスも、ひどくシャロンを心配して、離れようとしなかった。シヴァも時々顔を見せては、他愛もない話をして帰って行った。
そしてまた今日も、アルファルド達が見舞いに来てくれていた。レグルスは寝室に入ってくると、きょろきょろと辺りを見回した。
「兄叔父上はどこに行ってるの?」
「アルクなら、用事があると言って朝早くから出ていったわ」
「えー。僕も連れて行ってほしかったなあ。でも、今日はシャロンに会えたからいいや」
レグルスがそう言って無邪気に笑う。アルファルドがごほんと咳払いをした。
「レグルス。今日はシャロン殿のお見舞いにきてるのであって、遊びに来たわけではないぞ」
「そうよ、レグルス。シャロン様、ごめんなさいね」
「はあい、父上、母上」
そんなレグルスの態度にシャロンはくすりと笑う。今日は、アルファルド一家が来てくれて、朝から賑やかだ。シャロンはレグルスの頭を優しく撫でた。
「いいんですよ、アルファルド様、リラ様。私もレグルスと会えて嬉しいですから」
「本当!? やったー!」
レグルスがはしゃいだ声を上げて、シャロンに抱きつく。シャロンは微笑ましくレグルスを見て、抱きとめた。アルファルドとリラは、恐縮している。
「あれ、兄上、義姉上……レグルスも来ていたのか」
4人で談笑していると、アルクトゥールスが寝室の中へと入ってきた。手には盆を持ち、皿からは湯気が上がっている。時刻は既に昼前になっていた。
「どこに行ってたんだ?」
「ちょっと山に……」
「山に何をしに行ってきたんですか?」
アルファルドとリラに尋ねられて、アルクトゥールスは少し言葉に詰まった。
「ちょっと……薬草を摘みに」
そうぶっきらぼうに言いながら、シャロンの隣へと座ると盆を脇に置いた。気遣わしげにシャロンの顔を覗き込む。
「痛みはどうだ? 少しは引いたか?」
「あの……大丈夫……。良くなってるから」
アルクトゥールスの顔が近くて、シャロンは慌てて笑顔で答えた。アルクトゥールスはひとつ頷くと、盆をシャロンに渡す。盆の上には卵粥が載っていた。
「……栄養があるから、食べるといい」
「……ありがとう」
そう言ってアルクトゥールスを見たシャロンは、彼の右頬に擦り傷があるのを見つけた。
「アルク……擦り傷どうしたの……?」
「え……いや、これはなんでもない」
そんなふたりの様子を見ていたレグルスが、わかった! と手を叩く。
「これ、黒ノ鳥の卵の粥でしょう?」
「黒ノ鳥の卵? 高所でこの季節にしか産まない滋養に良いという卵か?」
「うん! 父上。前に兄叔父上から教えて貰ったことがあるよ!」
「まあ……アルク様、そんな珍しい卵をシャロン様のために? 山に入って?」
3人に詰め寄られて、アルクトゥールスはレグルスの頭を軽く叩いた。
「……兄上たちにも採ってきましたから」
そう言ってアルクトゥールスは咳払いをする。そんな弟を見て、アルファルドは笑みを零した。
「どれ、私たちはお暇をしようか」
「えっ、僕もっとシャロンといたい」
「レグルス。帰りますよ?」
「……はい、母上」
リラに微笑みながらそう言われて、レグルスは少ししょんぼりしながらも頷いた。あ! と手を叩く。
「シャロン、きっとその中に冬虫夏草も入ってる……」
「もう、黙れ」
アルクトゥールスに口を塞がれて、レグルスはもごもごと何かを言いたそうにした。
「冬虫夏草って、なに……?」
「なんでもない。薬草のようなものだ。体に良いからとにかく、食べてくれ」
「……本当?」
アルクトゥールスは本当だ、と頷く。
「ではこれで。シャロン殿、お体大切に」
「シャロン様、黒ノ鳥の卵は珍しいんですよ。しっかり食べてくださいね」
「シャロン、また来るね……!」
ばたばたと3人が部屋からいなくなって、静けさが戻る。シャロンはそっと、アルクトゥールスの頬の怪我に手を伸ばして触れた。
「大丈夫……?」
「ああ。少し木の枝で引っ掛けただけだから」
それよりも、とアルクトゥールスは言う。
「たくさん食べて、早く良くなってくれ」
優しい眼差しで見つめられ、シャロンの鼓動が速くなる。
「うん……ありがとう」
食べたお粥は、優しい味がして、とても美味しかった。
「ところで、冬虫夏草って……」
「滋養に良いものだから、気にすることはない」
「そう……?」
そうだ、とアルクトゥールスが頷いて、シャロンはお粥を口にする。レアルでは、冬虫夏草という名前を聞いたこともなかった。
シャロンが冬虫夏草について知るのは、もう少し後ーー体が良くなってからのことだった。レグルスがこっそりと教えてくれて、シャロンは少しだけ申し訳ないと思いながらも、もうなにがあっても、冬虫夏草は入れないでと、渋るアルクトゥールスに真面目に頼んだのだった。




