36 夢の話を聞いてから
「俺……おまえに小さい頃に会ったような気がするんだ」
「え?」
「いや、荒唐無稽な話だとはわかっているんだが、すごく小さい頃、今思うとレアルの民の女性に慰めてもらったんだ」
アルクトゥールスは真面目な表情をシャロンに向ける。シャロンは上体だけ布団から起こしていた。ふいと、庭の緑の垣根に彼は目を向けた。
「その日も母上が暴れて、泣いて、俺を離してくれなくて……やっとの思いで抜け出て垣根の影に隠れたんだ。その時におまえと同じ髪、瞳の女性に慰めてもらった」
シャロンは驚いて記憶の底から夢うつつの中で見た光景を思い出す。あの男の子は本当にアルクトゥールスだったのだろうか。
「なぜだろう、ずっと忘れていたのに、この前おまえの話を聞いてから、この頃よく思い出すんだ。おまえを見ていると……」
「アルクはその人と何回か会ったことはあるの?」
「いや、1度だけ。どうやって別れたのかは覚えていないんだ。なにしろ、本当に小さかったからな」
「そう……」
シャロンは考える。あの意識が朦朧とした時に会ったのはやはり、アルクトゥールスだったのだ、と確信する。ふふ、とシャロンは笑った。
「私もきっと、アルクに会ったと思うわ」
これは自分の秘めた力のひとつなのだろうとシャロンは確信した。過去への介入。どうやってできるのかわからないが、あの、意識が朦朧とした時に、小さいアルクトゥールスに会ったのだと思うと、心から愛しい気持ちが湧き上がってきた。
シャロンはアルクトゥールスの手を握る。アルクトゥールスが、シャロンを見つめる。
「遅くなっちゃったけど、また会えたわね」
「やっぱり、あれはおまえだったのか……」
「どうしてできたのかはわからないけど、そうだと思う」
アルクトゥールスは口元を押さえた。
「小さかったからな。なにを話したかまではよくおぼえてないんだ。変なことは言ってないか?」
「また会いたいと言ってくれたわ」
そうか、とアルクトゥールスは頷く。
「また会えた感想は?」
いたずらめいた気持ちで聞くと、アルクトゥールスはそっぽを向いた。 その耳が赤い。
意外な反応に、聞いたシャロンも頬に朱がのぼるのを感じる。握っていた手を慌てて離した。
「……と、思う」
「え?」
「嬉しいんじゃないかと思うよ」
独り言のようにそう言って、アルクトゥールスはふい、と顔を逸らした。シャロンは一瞬、ぽかんとする。
「そ、そう? それなら嬉しいわ」
なんと言って良いのかわからなくなって、それだけを言うと真っ赤になってうつむいた。
「俺はあの頃、数カ月、毎日待ち続けてたよ」
「え……」
「……ひどい遅刻だな」
そう言って、アルクトゥールスは優しい目でシャロンをまっすぐ見つめたのだった。




