33 それぞれの思い
「ーーゆめ……?」
ぼんやりと目を開けると、辺りはまだまだ薄暗い。瞬きをすると、霞んでいた景色が段々と鮮明になる。すぐ隣で、はっと身動ぎをする音がした。シャロンはゆるゆると目を向ける。
「目が覚めたか……! 大丈夫か!?」
覗き込んてくる顔と、夢の中の男の子の顔が重なる。シャロンは手を伸ばして、その艷やかな髪を撫でた。
「……泣かないで」
「……泣いてない。だけど、本当に……すまない」
振り絞るような謝罪の声に、シャロンはゆるゆると首を振る。そして痛みに顔を顰めた。見れば自分の体のそこかしこが痛み、けれど丁寧に治療されていた。
「包帯……巻いてくれたのアルク……?」
「ああ。痛むだろう。大丈夫か……?」
「うん……頑張ったんだけど……ごめんね」
「ばか、なんでおまえが謝るんだ。謝るのは俺の方だ。本当に……すまなかった」
アルクトゥールスは、シャロンの手を握る。じんわりとした温かさが手のひらから伝わってくる。
「アルクのせいじゃないわ。お義母様は大丈夫?」
「ああ。大丈夫じゃないのはおまえの方だ」
その言い方にくすりと笑う。まだ頭が働かない。
もう少し眠りたかった。
「ごめん……アルク。もう少しだけ寝させて……」
そう言ってシャロンは再び意識を手放した。手のぬくもりが心からの安堵をもたらした。
翌朝、昼も近くなった頃に起きると、やはり側にアルクトゥールスがいた。ほっとしたようにシャロンを見ると、てきぱきと薬草と包帯を変える。薬草の匂いに辟易しながらも、礼を述べると彼は頭を振った。
「礼を言うのも詫びを言うのもこちらの方だ。傷は跡には残らないが、しばらくは痛むと思う。本当に、無理しないでくれ」
「うん……わかった」
真剣な表情で頼まれれば嫌とは言えない。痛む体を起こすのを手伝ってもらって、シャロンは水を飲んだ。喉がからからに渇いていたせいか、ただの水なのにとても甘く感じた。
そして自分の首から下っているペンダントに気づく。青い色の石のそれは、アルーアの王子の証だと教えられたペンダントだった。
「アルク、これ……」
「ああ。癒やしの効能があると言ったろう。しばらく、付けていてくれ」
「でも、こんな大事な物……」
そう逡巡したその時、扉の向こうから声がかかる。
「シャロン様、少しよろしいですか?」
「シヴァだわ。何かしら?」
アルクトゥールスを見ると、彼は気まずそうに目を逸らした。
「アルク、入ってもらっても良い?」
「ああ。体は寝てくれればな」
シヴァに失礼ではないかと思ったが、確かに体が痛むのでシャロンはアルクトゥールスの手を借りてもう一度横になった。
「どうぞ」
声をかけると扉が開いて、シヴァが部屋に入ってくる。
「俺は席を外そう。シヴァ、あまり長話はしないでやってくれ」
「わかりました」
シヴァと入れ替わるようにアルクトゥールスが出て行った。シャロンはどうしたのかと、その背を見送る。
「シャロン様、お加減はいかがですか?」
「寝たままでごめんなさいね、シヴァ。痛みはあるけど、もう平気よ」
「こんなに怪我だらけになって……どこが平気なんですか……?」
シヴァの声の底に怒りがあるのを感じて、シャロンは彼を見つめた。
シヴァは両手を固く握りしめ俯いている。
「シヴァ……?」
「シャロン様、僕は、レアルにこのことを報告します」
きっぱりと言い切られて、シャロンは言葉を失う。止めなくては、と反射的に体を起こし、痛みに顔を顰めた。
「シャロン様! 寝ていなくてはだめです!」
シャロンはシヴァにしがみつくようにして上体を起こした。お願いよ、と懇願する。
「やめて、シヴァ。お願いよ……!」
「どうしてですか!?」
シヴァの声が大きくなる。耐えられないというように、彼は目を逸らした。
「今回も……前回もそうです。これでシャロン様が危ないめにあったのは2度目だ。前回は目をつぶりましたが、今回はそうはいきません!」
「今回は、アルクのお母様は正気を失っているわ。正気ではないのよ。悪意は無いの! お願い、わかって……!」
「悪意がなければ何をしても良いわけではありません。僕にはシャロン様を守る義務があります! 一応、シャロン様にお伝えしてからと思ったまでです。僕の決心は変わりません!」
「シヴァ。私はレアルとアルーアの友好のためにここに嫁いだのよ。レアルかアルーアかといえば、もうアルーアの人間なの。だからお願い、アルーアの不利益になるようなことはしないで」
お願いよ……と、シャロンはシヴァに縋りながら、弱々しくつぶやく。少しの沈黙が部屋に下りた。
「……わかりました。報告は、しません」
「……ありがとう、シヴァ」
シャロンはほっとため息を落とした。だから気づかなかった。シヴァが、ぎゅっと唇を引き結んだその表情にーー。




