32 夢の中の男の子
男の子の泣いている声がする。その声はとても悲しそうで、泣かないでと慰めてあげたくなった。白い髪に黒い瞳、レグルスに少し似ているけれどそれよりももっと小さな男の子。どうしたの、と聞いてもこちらの声は聞こえていないのか、泣き続けている。大丈夫よ、と抱きしめると、泣き声は止んで、自分に体を預けるようにもたれてきた。シャロンは、その顔を覗き込んだ。黒目がちの瞳の可愛らしい男の子だった。泣きはらした目をしている。
景色が次第にはっきりとしてきて、鮮やかな緑の垣根に隠れるようにその男の子は立っていた。シャロンは屈んで目線を同じくする。
「どうかしたの?」
「母上が……また……おかしくなって。物を壊したりして暴れるんだ。その後は僕を抱きしめて泣いて泣いて……離してくれない。やっと……逃げてきたんだ」
それだけを言って、男の子はまたぽろぽろと涙を零した。
「父上も……父上に言っても、僕たちのことは知らない振りをするんだ……僕、寂しくて、悲しくて……」
その様子を見て、シャロンの胸が苦しくなる。ぎゅっとその男の子を抱きしめた。
「大丈夫。きっと大丈夫だから、ね? 泣かないで」
ただの慰めにしかならないのはわかっている。けれどそう言わずにはいられなかった。男の子の艷やかな髪を優しく撫でる。
男の子が零れる涙を掌で拭う。真っ直ぐにシャロンを見つめて、不思議そうに首を傾げた。
「あなたは、誰……?」
「私? 私はーー」
「髪の色も、肌の色も、瞳の色も僕たちとは違う。あなたみたいな綺麗なひと、僕は初めて見た」
「私もあなたみたいに可愛らしい男の子に会えて嬉しいわ。私の名前はシャロンと言うの」
「シャロン……。あの……また、会ってくれる?」
そうおずおずと尋ねられ、シャロンは微笑んだ。
「ええ。私で良かったら。あなたともっとお話できたら嬉しいわ」
「僕も……嬉しい。約束だよ。また絶対に会ってね。僕の名前はーー」
男の子が名前を名乗ろうとした時、ふいにぐらりと地面が揺れた気がした。男の子が驚いたようにシャロンに手を伸ばす。シャロンも手を伸ばしたが、ほんの少しだけ指先を掠めて、男の子の姿は闇の中へと消えた。
その驚いたような男の子の顔。誰かに、似ているーーシャロンはまるで落ちてゆくような意識の中、そう思った。




