28 孤児院にて
着いたところは、さほど大きくはない民家だった。ただ、修繕が行き届いているようで清潔感が感じられる。
アルクトゥールスが扉を叩くと、初老の男性が出てきた。アルクトゥールスを見ると慌ててお辞儀をする。
「これは殿下。今日はどうなさいましたか?」
「街でスリを見つけてな。悪いがなにか食べさせてやってくれないか」
「承知しました。では子どもをお預かりしましょう」
子どももシャロンも訳がわからなくて、アルクトゥールスを見る。その視線を受けてアルクトゥールスは頷いた。
「ここは俺が面倒をみている孤児院だ。安心しておまえも飯を食ってこい」
子どもは戸惑いながらも男性に連れられて部屋のなかに姿を消す。
その姿を見送ってたアルクトゥールスは、孤児院の柵にもたれかかってため息をついた。
「驚かせたな、悪い」
「ううん。孤児院なんて運営してるのね」
「ああ。アルーアは貧富の差が大きい。レアルよりもな。驚いただろう? ここを本当は大規模に是正したいのだけど、親父が王位にいる限りはむりだ。だから、兄上といくつか孤児院をつくって援助しているんだ。子どもが真っ当に育てばそれだけ生産性も増すからな……。手仕事を覚えさせて職の世話をして……気の遠くなる話だけどな」
「お金はどこから出してるの?」
「俺に割り当てられる公費からだな。俺はそんなに物欲もないし、衣食住は事足りているから使い道もそんなにないしな」
それなら……とシャロンは、言葉を続ける。
「私がレアルから持ってきた持参金と、いただいた公費の中から私も出すわ」
「え、いや。持参金も公費もお前のための金だ。俺と違っていろいろ揃えなければならないものもあるだろう? 気持ちだけ受け取っておくよ」
「レアルにいた頃も、孤児院の訪問には行っていたの。お願い、私にもできることならそうさせて」
それに、とシャロンは続ける。
「レアルでは生まれてすぐに王宮に召し上げられたから、本当の父母の顔は私も知らないの。豊かな生活をしていたからあの子とは違うけれど……だから、手伝わせてくれたら嬉しいわ」
再度頼むと、アルクトゥールスは深く頭を下げた。
「すまない。助かる」
「良かった。私にもできることがあって」
そう微笑むと、アルクトゥールスは顎を手でかいた。
「なんだか、助けられてばかりな気がするな」
「え? 私何もできていないけれど……?」
「いや……本当にありがとう」
アルクトゥールスはもう一度、深く頭を下げた。
「そうだ。もし、孤児院でなにか売っているものがあれば購入したいのだけど、なにかあるかしら?」
「刺繍とか、木彫りのものなら……。だけどお世辞にも上手いものではないぞ。子供たちが作っているからな」
「なら尚更、購入してくるわ。刺繍のハンカチなら何枚あったって良いし。待ってて」
「あ、おい……! 俺も行く」
ふたりで孤児院へと入り、いくつか刺繍のハンカチと木彫りの笛を買い求めた。
「これはレグルスにあげようと思うの。喜んでくれるかしら」
「お前から貰ったらなんでも喜ぶだろうよ」
「シヴァも喜んでくれるかしら?」
「……それはわからない」
そんな話をしながら商品を見ていると、先ほどのスリの子どもがやってくる。
「兄ちゃん、ごちそうさま! 久しぶりにきちんとした飯を食えたぜ。焼き魚美味かった!」
「ここはまだ空きがあるから、お前、ここで暮らすと良い」
そう言うと子どもは首を振る。
「弟や妹も友達もいる。俺だけ入るわけには行かない。けど、あのおじさんがまた来ても良いって言ってくれたんだ。木彫りも教えてくれるって」
「……そうか」
「良かった」
「姉ちゃんも、さっきはごめんな。八つ当たりして」
子どもは頭をかいて、少しだけ頭を下げた。
「良いのよ。私こそ、事情も知らないのにごめんなさいね」
そう言うと子どもは、にこりと笑う。
シャロンはアルクトゥールスと手を振って子どもと別れた。
空が茜色に染まっている。はぐれないよう手を繋ぎ歩きながら、アルクトゥールスがぽつりとつぶやいた。
「この国は問題が山積みだ。貧富の差も、孤児の多さも。全部、王家の問題からきているんだよな……そう、街に出ると実感する」
「アルク……」
この国を実質支えているのは、アルファルドとアルクトゥールスなのだ、とシャロンは実感する。自分になにかできることはないのか、とシャロンは、空を見上げた。




