26 初めてのお出かけ
アルーアの街を見に行かないか、とアルクトゥールスに誘われたのは、それから10日程後のことだった。
「まだ外に出たことはないだろう? 良かったら行ってみないか?」
「え……! 良いの?」
ぱっとい明るい顔で尋ねると、もちろん、とアルクトゥールスは頷く。
「アルーアで暮らすなら見ておいて欲しいしな」
「嬉しい! 見てみたい」
「それじゃあ、行くか」
手を差し出されて、その手を掴む。出かける高揚感と、手をつないだときめきで、心臓が大きく鼓動するのを感じる。
王宮の裏門からそっと出て、街へと下りていく。石畳の道が真っすぐ王宮からのびていて、王宮から離れるごとに街の喧騒が聴こえてくる。
やがて平屋や2階建ての木造建築が立ち並ぶ地域に入った。シャロンは物珍しく、辺りを見回す。その地域を抜けると、大通りへと出た。
大通りには露店が並び、忙しなく人が行き交っている。
「なにか食べるか?」
「アルクに聞かれたら少しお腹が空いたみたい」
露天の食べ物の良い匂いが漂ってくる。
「肉は食べられそうか?」
「うん」
「じゃあ、待っていろ」
アルクトゥールスは手は離さずに、ひとつの露天へと進んでいく。
「ラムの串焼きを2本くれ」
「おや、殿下ではありませんか? お連れさん、別嬪さんですなあ。特別に1本、おまけしておきますよ」
露天の店主はそう言うと、串焼きを3本渡してくれた。良いのかな、と目で問うと、良いんだよとアルクトゥールスは頷く。
「くれるというものは貰っておくと良い。そら、お前の分2本」
「えっ! 二本は食べられるかわからないから、半分こにして?」
そんなやりとりをしながら、池の脇のベンチに腰掛けて串焼きを食べることにした。いただきます、とふたりで声を揃えて串焼きを頬張る。
香辛料が効いていて、肉汁も口の中であふれ、とても美味しい。
「美味いか?」
「とっても。でもやっぱり二本はむりそう」
「朝餉を抜いてくれば良かったな」
はは、とアルクトゥールスが笑って残りの1本は半分こにして食べた。山羊の乳も初めて飲んだ。さっぱりとした味わいで、後にひかない。
お腹が一杯になり、ふたりで露店を見て回る。可愛らしい髪飾りを売っているお店でシャロンは足を止めた。アルーア特産の鼈甲を使った髪飾りは、どこか奥ゆかしくてとても可愛いらしい。
「気に入ったのか?」
「とても可愛らしいわね。レアルでは見たことがないから」
「好きなのを選べ。買ってやる」
「え、いいよ。さっきも串焼きとかいただいたし……そう言えば、アルクは青色の石のペンダントをしているのね」
ああ、とアルクトゥールスはその石を手に乗せてシャロンに見せた。
「これは、アルーアの王子の証だ。生まれた時に、この石を握って生まれてくるんだ。この石には効能があってな。熱や傷もある程度癒やしてくれる」
「凄いのね……」
「まあ、お守りのようなものだ。それよりどうする? 決まらないなら……俺が決めても良いか?」
思わぬ申し出に驚く。回帰前にはアルクトゥールスからなにか物を貰った覚えはない。なんといったらわからずにいると、アルクトゥールスは、店主と話し込んで、淡い菫色のバレッタをシャロンに渡した。シャロンの瞳と同じ色。
「そりゃもう、似合うとおもいますよ……!」
店主の言葉にアルクトゥールスも、少し照れたようにぶっきらぼうに頷く。シャロンは宝物のようにそれを受け取った。早速髪につけてみようと思うけれど上手く行かずに苦戦していると、アルクトゥールスがため息をついて貸してみろ、と言う。不承不承渡すと、さっと髪をまとめバレッタで留めてくれた。
「……ありがとう。アルクって器用よね」
「お前が不器用の間違いじゃないか」
もう! と頬を膨らませて彼を見ると、優しい目で自分を見ていた。こんな目で見られたことは、回帰前も後にもない気がする。
頬が赤くなるのを感じる。ありがとう、ともう一度いうと、どういたしまして、と答えが返ってくる。
シャロンは、あっと何かに気づいたように、アルクトゥールスに向き直った。
「お母様にも、お土産で買っていかない?」
「母上に……?」
「きっと喜ばれると思うわ」
その言葉にアルクトゥールスはしばらく考え込んでいたが、店主と話し込み、結局、薄紅色のバレッタを買い求めた。
「帰ったら渡しに行きましょう? きっと喜んでくれるわ」
「……ああ」
雑踏の中、はぐれないように手をつないでくれる。その手が一瞬だけ、強く握られた。それがとても、とても嬉しくてシャロンはそっと目を伏せた。




