24 アルーアとの貿易
「天さま……」
両の手を一生懸命に自分に伸ばしてくる。その手を握ると、やわらかく小さかった。肩ほどまでの白銀の髪が、陽光に煌めいて美しかった。
にっこりと微笑んで見つめると、幼子も嬉しそうに笑った。そのまま手を繋いで一緒に歩く。薔薇のアーチを一緒にくぐり、抱き上げると、声を上げてはしゃいでいた。
可愛らしかった。血縁のいないこの王宮で、無邪気に自分に甘える幼子。大きな瞳が、きらきらと輝いていた。
あの子はもうこのレアルにはいない。
「ーーシャロン」
天主は落ちてくる前髪をかきあげた。ため息をついて執務室の椅子に深くもたれた。
どうしているだろうか、幸せにしているのだろうか、泣いてはいないだろうかと予知夢を見てからは特に毎日のように思う。そのせいで懐かしい遠い昔を思い出すのだろうとため息をついた。
昼下がり。雲が垂れ込め陽射しは薄くか細い。
「天主様?」
視線をやるとリエッタが扉口から、こちらを見ていた。入室の許可を出した覚えはないと、少し不快に思う。
シャロンが嫁いで3ヶ月ほどが過ぎた。リエッタは妃教育を続けている。
「天主様、見てください。これ銀細工の髪飾りです。シャロンが贈ってきてくれました」
リエッタが手にした銀細工を天主に見せる。花がモチーフになっており、腕の良い職人の手のものなのだろう、細やかな細工が施してあった。
レアルでは見かけることのない美しい髪飾りに、リエッタが喜んでいる。
「香辛料も入っていたそうですよ。レアルの食事も質が上がりますね!」
「そうだな……」
少しずつではあるが、香辛料も流通に乗りはじめていた。それにより、食事の質が上がり始めている。王宮ではいちはやく香辛料が取り入れられていた。
それもこれも、シャロンがアルーアに嫁いだからだ。天主は考え込む。どれもシャロンが嫁いでもたらされたものだった。
「この髪飾り本当に素敵だわ。シャロンに感謝しないとですね」
リエッタのように喜ぶ気持ちにはならず、天主は口を閉ざした。リエッタはそんな天主に気づかない。
シャロンだったら、気遣ってくれただろう、と思う。そう思って自己嫌悪に陥り、天主はそっとため息を落とした。
「リエッタ、すまないが外してくれないか」
「……はい、わかりました」
リエッタが不満を少し露わにして退室する。入れ替わるようにノックの音がして、レヴィアが入室してきた。
「アルーアから荷物が届いたとか」
「そうらしいな」
「罪悪感をお持ちですか?」
図星を指されて、天主は押し黙る。しかし不快ではない。レヴィアは自分の気持ちをわかってくれているのだ、と却って安心した。
窓の外を見やると、外は曇り空がどこまでも広がりはじめている。まるで自分の心模様のようだ、と思う。
「リエッタ様と会いましたが、不服そうにしていましたよ。お気持ちはわかりますが、少しは優しくしてあげて下さい」
「わかってはいる」
わかってはいるのだが、心が追いつかない。特に予知夢を見てからは、シャロンのことが気がかりでならなかった。
「気分転換に散歩にでも行きますか?」
珍しいレヴィアの申し出に一瞬心が動いたものの、首を振った。
「いや、仕事の報告があってきたのだろう? 聞こう」
「仕事熱心なのは良いですが、お体壊さないようにしてくださいね」
「ああ、わかっている」
そう頷いて、レヴィアの報告を聞くために背筋を伸ばした。
空は曇り空から移り変わり、静かに雨が降り始める。細かな雨がレアルの王宮を濡らした。




