23 招かれざる客
アルクトゥールスが母親をそっと抱き上げて宮を出ていく。その様をシャロンは痛ましい想いで見送った。長い長い渡り廊下を渡り、王宮の隅にある母親の部屋まで送ってくると彼は言った。
あんな状態だったから回帰前には、自分に会わせなかったのか、と改めて思う。
なにか自分にできることがあるのかと考えてもなにも浮かばす、シャロンはそっとため息を落とした。
「なにをため息をついておるのだ?」
ざわりと産毛が逆立つ。振り返ると、そこには舅の姿があった。思わず後退りするシャロンを、まるで獲物を見るような目でじっとりと見てくる。
「悩みがあるなら、儂に言うと良い。可愛い息子の嫁だ……儂がなんでも願いを叶えてやろう」
そう言って伸ばしてくる手を振り払うことがてまきない。自分は、レアルとアルーアの架け橋としてここにいるのだ。曲がりなりにも王に楯突くようなことはできない。
顎を掴まれて、顔を寄せられる。酒臭い匂いがする。昼間からこの舅は酒を呑んでいるのだ。自分の妻があんな様子だと言うのに……。
「アルクとはどうだ? ……物足りんのではないか? あやつは堅物だからな。寂しいなら儂が慰めてやろう」
回帰前にはなかった出来事に唖然とする。この舅に襲われたのは結婚して1年後。まだ、3ヶ月も経っていないというのに。
「やめて……ください」
ようやくそれだけ口にすると、舅はますます顔を近づけて来る。
「本当に美しいのう……。レアルの民の美貌は有名だが、そなたは格別に美しい……」
舅の息がだんだん荒くなる。視線の先いっぱいに舅の顔だけになり、シャロンは気分が悪くなる。欲情しているのだ、この、男は。
逃れられない、どうしたら良いーーそう思った時だった。
「シャロン様、いらっしゃいますか? レアルから便りが届いています」
「そんな物は後にしろ!」
「急ぎの天主さまからのお便りです。シャロン様、いらっしゃるんですね。入ります」
その声に、ちっ、と舌打ちをして舅はシャロンを放すと宮を出て行った。真っ青になったシャロンの肩に優しく手が置かれる。
「シャロン様、大丈夫てすか?」
心配そうな表情で覗き込んでいるのは、シヴァだった。安堵のあまり、シャロンは座り込む。
「来るのが遅くなってすみません……!」
「ううん、シヴァ。ありがとう……天主さまからの手紙って……?」
「あれは嘘です。もし期待させたらすみません……」
罰が悪そうにうなだれるシヴァを、シャロンはまじまじと見つめた。
「シヴァ……あなたは」
「僕の養い親はレヴィア様です。レヴィア様から、シャロン様をお守りするよう仰せつかりました」
シヴァはそう言って笑う。
レアルでは髪色が白銀、青銀、白、青の者は生まれるとすぐに王宮に召し上げられる。その時に親代わりになるのが、養い親だ。レヴィアが養い親だと言うことは、シヴァは相当実力があるのだろう。そう言うと、シヴァは赤くなって否定する。
「レヴィア様にはまだまだだって言われます。僕は武官ではなくて文官ですし。それでも、シャロン様のお役に立てると思います」
遠視をして慌てて来たのだと彼は告げる。
「間に合って良かったけれど、本当に、遅くなってすみませんでした……」
「シヴァ……」
今更涙が込み上げてきて、シャロンはシヴァに抱きついて泣いた。怖かった、恐ろしかった。抵抗できない自分が惨めだった。
「シャロン様……。きちんとアルク様に話をしましょう」
「だめ……できない」
「どうしてですか!?」
「お母さまのことで傷ついているあの人に、父親のこんなことは話せない……」
シャロンは泣きながら先ほどの乱心した彼の母親のことを話した。シヴァは眉を困ったように下げる。
「……それなら、僕が話をします」
「やめて……シヴァ。お願いだから。私は大丈夫だから」
全然、大丈夫に、見えませんよ……と言うシヴァのつぶやきは雨音にかき消された。
「ちっ、余計な邪魔が入りおって!」
忌々しそうにそう言うと、部屋の調度品をなぎ倒していく。側室たちが恐怖で顔を引き攣らせ、部屋の隅で固まっている。そんな姿も忌々しくて、手近にあった壺を割る。高い音を立てて、壺は粉々に砕けた。
欲しいと思ったものは全て手に入れてきた。あの娘も必ず自分のものにしてみせる。そう、舅は誓う。最初から自分の妻にしておけば良かったのだ。それを、アルファルドに諌められた。
白銀の髪に菫色の瞳、陶磁器のように滑らかな肌。薔薇色の頬に伸びやかな手足。娘は今まで見たどの女よりも美しく魅力的だった。まだ年は16だと言う。これから更に美しく大人の女になるだろう。是が非でも自分のものにしたいといつ欲望がドス黒く胸に広がる。
「なに、これから機会はいくらでもある…,…」
そう言い聞かせて自分を沈めると、怯えている側室の二、三人を、手や髪を乱暴に掴み引きずるようにして寝室に連れ込んだ。
王の狂乱は夜が更けても終わらなかった。




