22 過ぎ去りしあの日1
あれはいつの頃だったろうか。まだアルーアに嫁入りして二月も経ってない頃だったと思う。
「アルクトゥールス様。もしできたら、私もお母様にご挨拶したいのですが……」
彼の兄王子や妻、その子どもとは会ったし、父親にも会った。けれども、母親にはまだ会ったことがない。宮に引きこもっているという噂だけは知っていた。
母親に会いに行くため身支度をしていたアルクトゥールスは、ぴたりとその手を止めた。ゆるゆるとこちらを向くと、感情を表には出さずに頭を振った。
「いや、会う必要はない」
「ですが……」
シャロンは食い下がった。アルクトゥールスはよくこう言って外へ出ていく。アルーアは一夫多妻制だ。自分に見向きもしない彼は、もしかしたら他に想い人がいるのでは……と勘ぐってしまう。
「ですが、私は一応、あなたの妻です。お母様にご挨拶させてください」
「……すまないが、必要はない。少し出かけてくる。好きなように過ごしていてくれ」
アルクトゥールスはそう言うと、会話を打ち切って出かけてしまった。
シャロンはため息をつく。
外は雨がしとしとと降っている。柱にもたれ掛かって、庭の緑が雨を弾く様を眺める。
そのままずるずると座り込んで、顔を伏せた。
アルクトゥールスとは壁がある。彼はシャロンを抱こうとはしなかったし、今日のように良く出かけていた。きっと、他に想い人がいるのだろう、とシャロンはため息をつく。
「アルクトゥールス様から見たら、私は押し付けられた花嫁だもの……」
自嘲気味にそうつぶやいてみる。それはシャロンにとっても同じだったが、異郷の地へ嫁いで、誰も見知った人がいない中での彼の態度は、シャロンを孤独にさせた。
思い返すのは懐かしいレアルのこと。白い王宮、住み慣れた自分の宮。天主様とリエッタは今頃、仲睦まじく暮らしているのだろうか、と考え、今の自分の境遇と比較して胸が苦しくなる。
「私も……帰りたい」
そうつぶやいて、膝に顔を埋める。その思い込みはますます、シャロンを卑屈にし、アルクトゥールスとの距離を遠ざけた。
誰かと話したかった。この胸の内を打ち明けたかった。けれど、そうできる人はシャロンには誰もいない。
結果として、シャロンは追い詰められていった。アルクトゥールスには、想い人がいるのだろうということも、否定してくれる人は誰もいなかったのだ。




