21 錯乱
「これが傷薬になるオトギリソウで……これが、止血剤になるヨモギ草……」
外は静かな雨が降っている。シャロンは宮でひとり、薬草のおさらいをしていた。アルクトゥールスはそんなシャロンの隣で薬を煎じている。
「熱心だな」
呆れたような感心したような声に、シャロンは伸びをする。肩が凝り痛くて腕を回す。
「アルクに馬鹿にされているだけじゃ悔しいもの」
「ある意味、褒めたんだけどな」
アルクトゥールスがくすり、と笑う。そんな彼を見て切なくなる。
相変わらずアルクトゥールスとは、白い結婚のままだ。時々、彼の気がかわらなかったらどうしよう、と切なくなる時がある。抱かないと言った負い目があるのか、夜、手を繋いで眠ってくれる。その温かさが余計に切なくなる時がある。
その時、宮の入り口の方から慌ただしい声が聞こえた。お待ち下さい、と制止の声が上がる。
アルクトゥールスが、はっとしたように顔を上げた。
ばたん、と扉が乱暴に開く。そこへ現れたのは、髪を振り乱した窶れた面差しの中年女性だった。
「あなた、ここにいたのね!」
シャロンには目もくれず、アルクトゥールスに向かって抱きつく。アルクトゥールスは驚くシャロンを片手で制して、片手でその女性を抱く。
「……母上」
「まあ、あなたったら、誰が母上なの?」
「シャロン、すまない。水にそこの棚の二段目の粉薬を入れてくれ」
小さな声でシャロンにそう言うと、シャロンが見えないようにその女性を抱きしめた。
「あなた、あなた……愛しているわ」
「……ああ、わかっている」
シャロンはそっと後ろから粉の入った水をわたす。乱れた髪、窶れた顔、それでも昔はきっと美しかったのだろう面影が女性にはあった。
「……さあ、疲れただろう。水を飲もう」
「あなたがそんなにやさしくて嬉しいわ」
女性は言われるがままに水を飲む。やがて半刻もすると、安らかな寝息をたてはじめた。
アルクトゥールスがため息をつく。自分の膝にもたれるように眠っている女性を見て、もう一度深いため息をつくと、シャロンの方へ振り返った。
「すまないな。察してると思うが、俺と兄上の母上だ」
「……うん。大丈夫?」
「いつものことだから」
そう言いながらも、明らかにその声は疲弊している。
「お母様……どうして……」
「アルーアが一夫多妻なのは知ってるな? 母上は正妻だったんだが、親父の女漁りが酷くてな。あんな親父でも愛していたらしい。精神が病んでしまった。どうも、俺が若い頃の親父に見えるらしい」
不本意だがな、とアルクトゥールスはつぶやく。
アルーアがレアルとは異なり、一夫多妻なのは知っている。だが、第1王子のアルファルドは妻はリラの1人だったし、回帰前も、アルクトゥールスは自分以外に正式な妻を置こうとはしなかった。
それはすべて、目の前のこのひとのせいかもしれないと考えて、シャロンは切なくなる。
水差しから椀に水を注いでアルクトゥールスに渡すと、彼は小さくありがとうとつぶやいて水を飲んだ。
アルクトゥールスは何も言わない。だが、その分、彼の苦悩が目に見える気がする。
回帰前のことを思い出してみる。彼の母親に会ったことはない。こんな状態だから会わせられなかったのかとも、アルクトゥールスと一緒にいることも少なかったから、会う機会も無かったのかもしれないとも思う。仮初でも1年も一緒にいたはずなのに、彼の苦悩にも気づかなかったことに情けない気持ちになる。
シャロンは躊躇いがちに手を伸ばし、慰めるようにそっとアルクトゥールスの頭を抱いた。彼は、少し驚いたように身動ぎしたけれど、そのままされるがままになっていた。
静かな宮に雨音だけがやけに大きく耳朶を打った。
シャロンは回帰前に、彼の母親に会いたいと言った時のことを思い出していた。




