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21/66

21 錯乱

「これが傷薬になるオトギリソウで……これが、止血剤になるヨモギ草……」

 外は静かな雨が降っている。シャロンは宮でひとり、薬草のおさらいをしていた。アルクトゥールスはそんなシャロンの隣で薬を煎じている。

「熱心だな」

 呆れたような感心したような声に、シャロンは伸びをする。肩が凝り痛くて腕を回す。

「アルクに馬鹿にされているだけじゃ悔しいもの」

「ある意味、褒めたんだけどな」

 アルクトゥールスがくすり、と笑う。そんな彼を見て切なくなる。

 相変わらずアルクトゥールスとは、白い結婚のままだ。時々、彼の気がかわらなかったらどうしよう、と切なくなる時がある。抱かないと言った負い目があるのか、夜、手を繋いで眠ってくれる。その温かさが余計に切なくなる時がある。

 その時、宮の入り口の方から慌ただしい声が聞こえた。お待ち下さい、と制止の声が上がる。

 アルクトゥールスが、はっとしたように顔を上げた。

 ばたん、と扉が乱暴に開く。そこへ現れたのは、髪を振り乱した窶れた面差しの中年女性だった。

「あなた、ここにいたのね!」

 シャロンには目もくれず、アルクトゥールスに向かって抱きつく。アルクトゥールスは驚くシャロンを片手で制して、片手でその女性を抱く。

「……母上」

「まあ、あなたったら、誰が母上なの?」

「シャロン、すまない。水にそこの棚の二段目の粉薬を入れてくれ」

 小さな声でシャロンにそう言うと、シャロンが見えないようにその女性を抱きしめた。

「あなた、あなた……愛しているわ」

「……ああ、わかっている」

 シャロンはそっと後ろから粉の入った水をわたす。乱れた髪、窶れた顔、それでも昔はきっと美しかったのだろう面影が女性にはあった。

「……さあ、疲れただろう。水を飲もう」

「あなたがそんなにやさしくて嬉しいわ」

 女性は言われるがままに水を飲む。やがて半刻もすると、安らかな寝息をたてはじめた。

 アルクトゥールスがため息をつく。自分の膝にもたれるように眠っている女性を見て、もう一度深いため息をつくと、シャロンの方へ振り返った。

「すまないな。察してると思うが、俺と兄上の母上だ」

「……うん。大丈夫?」 

「いつものことだから」

 そう言いながらも、明らかにその声は疲弊している。

「お母様……どうして……」

「アルーアが一夫多妻なのは知ってるな? 母上は正妻だったんだが、親父の女漁りが酷くてな。あんな親父でも愛していたらしい。精神が病んでしまった。どうも、俺が若い頃の親父に見えるらしい」

 不本意だがな、とアルクトゥールスはつぶやく。

 アルーアがレアルとは異なり、一夫多妻なのは知っている。だが、第1王子のアルファルドは妻はリラの1人だったし、回帰前も、アルクトゥールスは自分以外に正式な妻を置こうとはしなかった。

 それはすべて、目の前のこのひとのせいかもしれないと考えて、シャロンは切なくなる。

 水差しから椀に水を注いでアルクトゥールスに渡すと、彼は小さくありがとうとつぶやいて水を飲んだ。

 アルクトゥールスは何も言わない。だが、その分、彼の苦悩が目に見える気がする。

 回帰前のことを思い出してみる。彼の母親に会ったことはない。こんな状態だから会わせられなかったのかとも、アルクトゥールスと一緒にいることも少なかったから、会う機会も無かったのかもしれないとも思う。仮初でも1年も一緒にいたはずなのに、彼の苦悩にも気づかなかったことに情けない気持ちになる。

 シャロンは躊躇いがちに手を伸ばし、慰めるようにそっとアルクトゥールスの頭を抱いた。彼は、少し驚いたように身動ぎしたけれど、そのままされるがままになっていた。

 静かな宮に雨音だけがやけに大きく耳朶を打った。 

 シャロンは回帰前に、彼の母親に会いたいと言った時のことを思い出していた。



 


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