2 慟哭
初めて会った時、どこかで会った気がした。なにか温かな感情が湧き出たのを覚えている。
けれど、肝心のその相手はずっと浮かない顔でうつむいていた。気が進まず不本意だと思っていることはすぐにわかった。
聞けばレアルでは妃候補だったのだという。それならば、アルーアに来て、しかも第2王子へと嫁ぐのは不本意だろうとすぐに理解した。
だから距離を置いたし、手も出さなかった。父親を見ていれば、不本意な相手に行為を強要することが、どれほど酷なことかわかるからだ。
最低限の会話しかしないように努めた。その方が相手も気楽だろうと思っていた。
仮面夫婦が続いていたけれど、寂しそうな顔を見ればなぜか胸が痛んだ。だから、余計に距離を取ることにした。
まさか、父親が、息子の嫁を、襲うなんて考えもしなかった。
悲痛な声で愛称を初めて呼ばれて、部屋に慌てて入ってみれば父親に押し倒されていた。
頭に血が上り、父親を蹴り上げる。彼女が自分の背中で震えているのを感じて、自分がなんてひどいことをしていたのだろうと、改めて感じた。
父親にも自分にも腹が立って仕方なかった。
父親が剣を取り出して振りかぶった時には、これで人生が終わるのだなと感じた。だからまさか、彼女が飛び出して自分を庇うなんて思ってもいなかった。
「だい……じょうぶ」
そう言って笑おうとする痛々しい笑顔は、やはりなぜか懐かしいものを感じて言葉にならない感情がこみ上げてきた。
いつか、どこかで、会ったことがあるんじゃないのか。最初に感じた感情がじわじわと、焦りとともに心を侵食していく。
助からないーーそれは、一目瞭然だった。血溜まりがみるみるうちにできて、彼女と床を汚した。
掻き抱くと、既に息はか細く、絶え絶えになっている。それでも一抹の望みを抱えて、自分の1枚布を裂き、応急手当をする。ばたばたと兄や侍従、兵士が走りくる音にも構わず懸命に手当をした。
なあ、と心のなかで語りかける。頬を温かいものが伝わって落ちてゆく。
まだなにもきちんと話をしていないじゃないか。おまえのこともなにも知らない。いや、やっぱりどこかで会ったことはなかったか? ありえないと笑うかもしれないが、俺はおまえと会った気がするんだ。
頼む。虫が良いと怒るかもしれないけれど、治ったらいろいろな話をしよう。なにを考えているのか、好きなものは、なんなのか、そんな他愛もない話をしよう。
祈る思いで手当てをするのに、血はとめどなく溢れて、彼女の息がか細くなっていく。
取り返しのつかないことを、自分はしたのだ、と手当てをする手を兄に止められて、心から打ちひしがれたのだった。
初めて会った日に戻れたら良いのに、と彼女を抱いて心から願った。けれど、そんなことが起きる訳がないのだ。これから一生、自分はこの罪を背負って生きていくしかないのだ。決して癒えない傷と共に。
ぴくり、とシャロンの指先がわずかに動き、か細い白銀の光を放ったことに、アルクトゥールスは気づかず慟哭した。
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