14 甲板にて
どこまでも広く続いていく海原をシャロンは甲板から眺めた。船に並走するように海鳥が飛んでいる。
シャロンはきらきらと光が弾ける水面を見る。1度目の船旅は、ほぼ船室に籠っていた。船酔いもあったけれど、なにより気持ちが塞いで外に出ようと言う気にはならなかったのだ。
だから海というのがこんなに広くて美しくて、そして吸い込まれそうで怖いものだとは知らなかった。シャロンは目を細める。天候も良く、順調な船旅だ。歩き回っているうちに、船酔いにもなれたし、乗組員たちとも顔見知りになれた。シャロンの手には乗組員から貰ったパン屑があった。
「シャロン様、こちらにいらしたんですね」
声をかけられて視線を向けると、シヴァが丁寧に頭を下げた。
「シヴァ。船酔いは大丈夫?」
「はい……なんとか。揺れにやっと慣れました」
「ふふ。私もよ」
そう言ってシャロンは笑う。船の揺れは大きい。最初の数日間は船酔いで辟易した。やっとそれにも慣れて船の中を自由に歩いている。
船員はレアルの民ばかりなので、初めは酷く遠慮され遠巻きにされたが、こちらから話しかけると最初は驚いたようにするが、だんだんと話をしてくれるようになっていた。それがなんだか嬉しい。知らない世界が広がっていくようだった。
「なにを持ってらっしゃるんですか?」
「パン屑。海鳥にあげたらどうかって船員さんがくれたの。シヴァもやる?」
「やりたいです! ……でも海鳥って間近で初めてみましたが、結構怖い顔をしていますね」
「ふふ、本当ね。ちょっと怖い顔をしてる」
シャロンはパン屑を半分、シヴァに渡した。
せーので、ふたりで撒くと、海鳥が一斉に空に飛んだパン屑に群がった。
シャロンとシヴァは目を丸くしてその光景を眺めた。
「……凄いわね」
「……本当ですね。圧巻でした」
ふたりで目を丸くして、視線を合わせると、吹き出して笑った。
2度目の船旅は楽しい。自分の気持ちが変わっていることも大きいが、シヴァがいてくれる安心感も大きかった。シャロンは、手すりにもたれながらシヴァを見る。
自分なら誰かのために遠い異郷へと行けるだろうかと考えて、否定する。シヴァは見聞を広げられると言った。それでも遠い異郷へ行くには勇気も決断も必要だっただろう。
シヴァの青銀の髪がきらきらと煌めいている。その様子をシャロンは目を細めてみつめた。
「ありがとうね、シヴァ」
「え? 何がですか?」
「ついてきてくれて本当にありがとう」
シヴァは顔を真っ赤にする。
「いいえ! とんでもないです! お礼を言われることじゃありません……!」
「お礼を言うことよ。シヴァがいて心強いもの」
シャロンの長い白銀の髪が海風に靡く。あのね、とシャロンはシヴァに言う。
「アルーアへ行ったら、あちらに馴染みたいの」
「……はい」
「きっと戸惑うことが、私もシヴァもあると思うの。それでも、できるだけ努力をしたいと思ってるわ」
「僕も、馴染めるよう努力します。安心なさってください」
その言葉にシャロンは、少し目を見張った。シヴァは強い。そう思う。心が自分などよりもしっかりしている。
「ありがとう。頼りにしてる」
「ご期待に応えられるよう頑張ります!」
「私も頑張る。ありがとう、シヴァ」
シャロンはシヴァに微笑んだ。そして視線を大海原へと向ける。
アルクトゥールスは今頃どうしているのだろう。ため息をついているだろうか。憂鬱にしているだろうか。どちらにせよ、歓迎されてないことだけはわかると、くすりと苦笑した。
船は真っ直ぐに進んでいく。水面は美しくも怖くもある。
シヴァに伝えたように、努力をしていかなければならないと思う。それが、自分にとってもレアルにとっても幸いをもたらすと信じて。
シャロンはこれから先に待っているだろう未来に思いを馳せたのだった。