13 予知夢1
シャロンが泣いている。膝に顔を埋めて。なるべく嗚咽を漏らすまいとするように。
その悲痛な嗚咽に堪らず手を伸ばそうとした時に、場面が切り替わった。
シャロンが青年の背に庇われていた。褐色の肌、白い髪、黒い瞳。精悍な顔立ちの青年。これがアルーアの第2王子かと、直感的に思う。彼は必死にシャロンを背に庇い、太った男に非難の言葉を向けていた。シャロンは青ざめて青年の背に縋り付いている。
その時太った男が剣を取り出し振り上げた。背に庇われていたはずのシャロンが、青年との間に飛び出て……剣で斬られる。鮮血が辺り一面に飛び散り、シャロンは倒れたーー。
「……夢?」
夢にしては生々しかった。まさか予知夢だろうか、と天主は思う。自分の息が荒く、ひどく動揺しているのを自覚する。
まだシャロンは船の中にいるはず。それならばこれは予知夢なのではと考えてゾッとする。
こんな結末のために嫁に出したわけではない。
外を見るとまだ暗い。月はまだ夜空にあり、明け方までには時間があった。それでも居ても立ってもいられなくなり、枕元のベルを鳴らす。すぐに扉番の青年が現れた。
「いかがなさいましたか」
「レヴィアを呼んでくれ」
こんな時間にですか、との声をおさめて扉番の青年は、礼をとってすぐ消えた。
ドキドキと心臓が高鳴る。ぎゅっと寝間着を掴んだ。
「なんですか、こんな時間に」
レヴィアは眠そうに目を擦りながらも、きちんと官吏服に着替えてやってきた。
うろうろと部屋を動き回っていた天主は、レヴィアを見るなりソファに座るように言う。
欠伸を噛み殺しつつレヴィアがソファに座り、天主も向かい側に腰掛けた。
「シャロンが殺される夢を見た」
そう短く言い切ると、レヴィアも真面目な顔になる。
「予知夢だとお思いですか?」
「その可能性は高いと思っている。見たこともない、アルーアの第2王子の顔も見た。手にかけたのは、あれはたぶんアルーアの王だろう」
天主の力は強い。ただの夢と切り捨てられないものがあった。ましてや、天主本人が深刻な顔をしている。
「レヴィア、おまえ。アルーアの第2王子を調べたと言ったな」
「調べましたよ。周りに女性の影もないし、調印式でお会いした第1王子のアルファルド様にもお聞きしました。シャロン嬢を蔑ろにするような方ではないと思いますけどね」
「なら、なぜシャロンは泣いていた。なぜ、第2王子を庇って……死ぬことになったんだ……」
レヴィアはそう言われて考え込む。
「もう少し、様子を見ませんか」
「そんな悠長なことを言ってはいられない」
「ではどうするんです? シャロン嬢はまだアルーアにも着いていない。この婚姻はやめられるものではありません。シヴァによく様子を見るように伝えます」
天主は拳を握った。あんな未来になったらどうやってシャロンに詫びれば良いのだ。自分への嫌悪感でまともに生きていけるとも思えない。
けれど今はレヴィアの言う通り、なにも出来ず様子を見るしかない。わかっていても、この焦燥感が消えることはない。
「シヴァに至急に伝えろ。何があってもシャロンを守れと」
「……承知しました」
シヴァは断っても良いんだぞという自分の言い分を聞いた上で、アルーアに向かった。盾になれと言われても、否とは言えない。しかし、とレヴィアははっきりと言う。
「シャロン嬢をアルーアの花嫁にしたのは、あなたですよ。そこはお忘れなく」
「わかっている……」
後悔の滲んだ苦々しい声で天主は答えた。