12 永遠の別離
出立の朝が来た。シャロンは大広間の赤い絨毯を進み天主の前に進み出た。一歩遅れて、シヴァも続く。
ふんわりとした若草色のドレスをつまみカーテシーをとる。顔を上げて真っすぐ天主を見つめた。
そんなシャロンを重臣たちが黙ったまま見つめていた。
「天さま……行ってまいります」
穏やかにそう述べる。天主は立ち上がると、シャロンの側まで優雅な歩調で歩いてくる。じっとシャロンを見つめ、両の手で強く抱きしめた。シャロンは少し驚いたが、なされるがままになっている。どのくらい時が過ぎだろうか、天主はシャロンを離すと努めて穏やかな口調で言う。
「どうか、体には気をつけて。シャロンが幸せなよういつでも祈ってる」
「……もったいないお言葉です」
シャロンの言葉が詰まる。幼い頃から優しくしてくれた方だった。アルクトゥールスに会いたいのも確かだが、二度と会えないかもしれない別れは、やはりシャロンの胸を締めつけた。無礼を承知で、シャロンからも天主を優しく抱きしめた。
「どうか、天さまも……お体には気をつけてくださいね」
そう言うと天主の体が強張るのを感じた。天主はもう一度、シャロンを抱きしめる。
「ああ……。あリがとう。」
離れがたい想いで、シャロンは天主から離れる。天主は後ろに控えたシヴァにも目をやった。
「シヴァ。シャロンを支えてやってくれ……頼む」
「もったいないお言葉です……! 承知しました」
シヴァが礼をとり、その言葉に天主は頷く。
「アルーアまでは船で一月ほどか……遠いな」
独り言のような言葉に、シャロンも頷く。
遠い。アルーアは大陸と海を隔て山に囲まれた島国だ。大陸にある故国のレアルとはあまりに遠すぎた。
これから自分は色んなものをレアルに置いて行く。もう二度と戻らない覚悟で嫁いで行く。
「シャロン……」
リエッタが涙を浮かべてシャロンを抱きしめた。
「天主様をお願いね」
そう言うと無言で何度も頷く。シャロンもリエッタを抱きしめた。
リエッタに対し、思うところが何もないと言えば嘘になる。けれど、ずっと幼い頃から側にいてくれたのもまた、リエッタだった。
抱き合って別れを惜しむ。今日を限りに懐かしい人たちとはよほどのことがない限り、永遠に会うことはないだろう。アルクトゥールスに会いたいーーその想いとは裏腹に寂しさは拭いきれずある。
「それでは。これで失礼します」
それでも。自分が決めた進みたい道を進んで行くしかないのだ。
大広間はしん、と静まりかえっている。シャロンはもう一度礼を取ると、踵を返して歩き出した。振り返ることは、しなかった。