第95話 悪徳商人の帝国攻略録2/武断派筆頭の攻略進捗:70%
その後、ヒョウカの屋敷で食事を取っている時のこと。
「勘違いしないでほしいのだけれど。お前様の妻になる気はないから」
「む……」
その言葉を聞き、ピタリと食事の手を止める。
「お前様の妻になるには、出奔しなければいけない。けれどそれは出来ない。私が積み上げてきた筆頭軍師という地位は、誇りは、それだけ重いものなの」
「つまり、まだ愛より忠誠の方が強いって事か」
率直な俺の言葉に頬を赤らめつつ、こくんと頷くヒョウカ。
「お前様の“幸せにしたい”という想いは本当。帝国を建て直したい気持ちにも嘘はない。それは分かるわ」
その通りだ。帝国には戦争せず平穏に農民プレイをしていてほしい。
「お前様が帝国でやりたい事があるなら全面的に協力もする。けれど、完全にお前様のものになる事は出来ないの」
……そんな風に言われると、是が非でも妻にしたくなるな。
何より、このまま帝国に居続けてヒョウカが幸せになれるとは思えない。
「忠誠よりも、責任感の方が強いんじゃないか? 筆頭軍師だから、って」
「……っ。お前様は、本当に。どうして私の心をそう的確に……」
「ヒョウカの事を愛しているからな」
「んくっ♡お、お前様は本当に、もう……」
頬を朱に染めたヒョウカは、照れを誤魔化す為か、団子に箸を伸ばす。
だが、うっかり滑らせてしまい――その団子を俺の箸でキャッチする。
「ほら、あーん」
「っ!? な、な、何を……っ」
「不完全でも俺のものになってくれたんだろ? だったらこれくらい良いじゃないか」
「あ、ぅ……」
ヒョウカはしばし逡巡した後、意を決したように小さく口を開けた。
そして、俺が差し出した団子を顔を真っ赤にしながら咀嚼する。
「美味しいか?」
「お、お前様のせいで味が分からなくなったわ。……もう一口、食べさせなさい」
「ああ、良いぞ。お姫様」
「んんっ♡」
帝国の攻略だけを考えるなら、今の関係でも問題はない。
ただ、可愛らしい反応を見ていると、やはり心の全てを背負いたいと思うのだった。
――明けて翌日の朝は、領主館に移動して嫁たちと朝食。
その後メンショウに戻ってきた俺は、ヤエと合流し、二人でリンファの元を訪れていた。
「やぁ、ユミル。それにヤエも。キミたちに再びこうして会えた天の采配に感謝を」
ヒョウカと同じく疲労が見え隠れするリンファだが、その疲れに気づく者は少ないだろう。
墨のような黒髪のポニーテールは見事に艶めいているし、薄化粧と立ち振舞いで見事に疲労を誤魔化している。
「リンファ様、この度の事……」
「いや、良い。ユミルに謝罪されては私の立つ瀬がないからね。責任を感じる必要はないよ」
そこまで言い終えてから、リンファがヤエの方に眼差しを向けた。
「ヤエも来てくれてありがとう。キミは一騎当千、などという言葉に収まらないほどの規格外だからね」
「主様に是非にと頼まれましたので」
「……、あるじ、さま?」
驚き、まじまじとヤエを見つめたのち、恐る恐る俺に視線を移すリンファ。
「ユミル……キミは、ヤエを従えているのかい?」
「ええ、大災害の折りに色々とありまして、ヤエと主従の契約を結びました」
メンショウにおいて絶大な知名度を誇るヤエを従えている――“ユミル”の価値を高める方法として最上だろう。
リスクはあるが、復興が本格的に進んで魔石の存在を知られる前に、影響力を持っておきたかったのである。
「そうか……なるほど。いや、それはめでたいね。ヤエが良き主に巡り会えて良かったよ」
リンファの俺を見る目が露骨に変わった。
武断派筆頭として、価値の跳ね上がった俺をどうすべきか……そんな逡巡と警戒が見える。
だから、すかさず言葉を差し込む。
「あの日に語った言葉は、今も変わりません。最強の国に寄り添い、子々孫々までの繁栄と安寧を得る……その為に今、ここにいます」
「最強、か。だが、今のメンショウはもう……」
「最強を示す手段は、侵略が全てではないと思います」
リンファの心が弱っている今が、武断派の方針に干渉する最大のチャンスだ。
俺は政治を高めながら言葉を紡いでいく。
「既にしてその国土は世界最大。反乱が起こればこれを誅伐し、領土を維持すれば、その武威が健在である事は誰の目にも明らか」
「……、……」
「そして何者にも侵されぬ最強の防衛網を築いた上で、内政に注力して千年帝国を目指す……そのような道もあるのではないでしょうか」
「しかし、今の兵力では……」
リンファの手を強く握りしめて、まっすぐに瞳を見つめる。
「その為に私はヤエと共に来ました。必要なら、私の伝手で戦術級の逸材をさらに用意してみせましょう」
「ユミル……!」
感激に打ち震えるリンファに、言葉を重ね打っていく。
「それに、またいつあのような大災害が起きるかも分かりません」
「……!」
「ゆえにこそ、侵略ではなく防衛と災害対策に力を注ぎ、千年帝国を目指す……そんな道もあるのではないでしょうか」
「千年帝国……か」
リンファが噛みしめるように呟き、口を開く。
「……私はね、ユミル。天の意志というものを信じている。カフカスは余りにも都合が悪すぎる、最悪の悲劇だったが……思えば、侵すなという天の意志だったのかもしれないな」
……俺の意志が天の意志になってしまった。
「ならば私とリンファ様の繋がりも天の意志でしょう。永遠に平和な千年帝国を築く為、貴女の心に寄り添わせて下さい」
微笑んで告げれば、リンファの頬にサッと朱色が差す。
セクシーな格好良さを持つリンファの頬染め顔は、なかなか破壊力が高かった。
「分かったよ、ユミル。千年帝国……私も見たくなった。実現の為、キミの力を貸してほしい」
「かしこまりました」
「……、それと、だ。キミはヒョウカと気安く話していると聞く。私にも同じように接してくれると嬉しいね」
「ああ、分かった。改めてよろしくな、リンファ」
「――っ。あ、あぁ……よ、よろしく頼むよ……」
こうして俺は、両筆頭からの信頼を確固たるものにするのだった。




