第90話 七人目の嫁
身の丈2mはあろうかという筋骨隆々の巨躯が、豪奢な和室であぐらをかき、酒を飲んでいた。
その周囲に侍る幼き少女たちは、小袖を破廉恥にアレンジした卑猥な衣装を着せられている。
「ええい、腹立たしい! 忌々しき月神の使いめ!」
投げ飛ばされた盃が割れて、少女たちがビクッと怯えを示す。
だが少女たちは、すぐに男の機嫌を取るかのように腕を、足を、全身をマッサージしていく。
「巫女姫を救って良くやったかと思えば、各地の研究を潰しおって……接収予定だった夜叉雪の研究施設までも……」
酒瓶から直接酒を飲み干しながら、吐き捨てるように言葉を続ける。
「やむをえん。計画を変更するとしよう」
燭台の灯りに照らされた部屋の中で、虚空を睨んだ後、歪んだ笑みを浮かべる。
「育ちきった身体に興味は沸かぬが、あの巫女姫を組み敷くのはさぞ気分が良かろう。子を産ませ、その子を研究し、巫女姫の力を量産してくれるわ」
その瞳には、己以外の全ては道具だと言わんばかりの、どす黒い感情が渦巻いていて――……。
「――と、言うのがフソウの皇の現在の様子でござる」
「なるほど、な」
フソウ皇国の皇都・ヤマト。その宿の一室で、俺はネコミからの報告を受けていた。
「御館様の指示があれば、サクッと暗殺してくるでござるよ?」
「いや、ダメだ。地位を失墜させ、自然な形で巫女姫を皇にする必要があるからな」
「でもあの男、めっちゃムカつくでござる。巫女姫を道具としか見てないでござる」
「正確には、自分以外の全てが道具なんだよ。富国強兵の為のな」
フソウの皇は、女性が強いこの世界で例外的に強い男だ。伊達にフソウルートの中ボスとラスボスを務めていない。
「ヤエが仕官していれば、少しはマシな性格になったんだけどな」
「絶対ヤエ殿と相性悪いでござるよ?」
「いや、ヤエが出奔前に皇のアレを斬り飛ばすから、性欲がなくなるんだ」
「うわぁ……ありそうでござる」
……にしても、やっぱり変わるよな、展開。
皇が巫女姫をそのような形で利用する、というのは知らない展開だ。
「次の評定まで、巫女姫の安全を陰ながら確保したい。頼めるか?」
「問題なっしんぐでござる。しかし、忍びの里を出奔したウチがフソウの巫女姫を警護するとは、世の中分からないでござるなー」
「……そうだな」
もはや世界情勢がどう動くかは分からない。
だからこそ、原作知識を元に予測しつつ、情報収集を徹底していく必要がある。
「御館様でも分からない事があるとは、驚き桃の木」
「山椒の木、ってな。……そうだな、分からない事が増えたよ。だから俺には情報が必要なんだ」
「にゅふふ、ウチの需要が爆アゲでござるな」
「そうだぞ、お前がいなきゃ立ち行かない」
畳の上で横になりながら、天井を見上げていると……ネコミもまた、ごろんと横になる。
「……っ」
畳の上で形を変える双丘が目の毒で、視線を逸らす。
そんな俺を、ネコミが瓶底眼鏡を通してまっすぐに見つめてくる。
「……御館様、ウチ、純愛派なのでござる」
「ああ、知ってるよ」
「という事で、御館様を惚れさせても良いでござるか?」
「……、いつからだ?」
最近、妙に距離感が近いな、とは思っていたが……。
「結婚式を見てからでござる」
「ネコミもか」
「そうでござるよ? あの結婚式はみんなに衝撃を与えたでござる」
カルチャーショック、というやつだろうか。
「でも、どうしてこのタイミングなんだ?」
「スノリエとかいう神職に、結婚の約束をしたそうでござるな」
「耳が早いな……」
「猫耳のお陰でござる」
いやそれカチューシャだろ。
「結婚が後ろ回しになるのは嫌でござる。ユキノ殿は、小さい子が好きな御館様的に仕方ないかな、と思うでござるが……」
「待て待て、人をロリコンみたいに言うな」
「だって、ルリ殿も、メラニペ殿も、ウルカ殿も、みんな胸が小さいでござる」
「うっ、言ってはならない事を……」
ルリあたりが聞くと魔法が飛んでくるぞ。
「胸が大きいと、身構えて緊張するんだ。それで距離の縮まりが遅い、っていうのはあると思う」
「つまり、今も緊張してるでござるか?」
ネコミが俺の腕を手に取り、自分の胸に挟む。……くっ、柔らかい。
「……我慢しなくて、良いでござるよ♡」
耳元で甘く囁かれて、背筋がゾクゾクする。
「奥方たちも認めているから……合法でござるよ♡」
……全く、揃いも揃って誘惑してきやがって。
余りにも頭に来たものだから、態勢を入れ替えて押し倒してやった。
「うひゃあっ!? お、御館様……?」
ドキドキで顔を真っ赤にしたネコミが、俺を見上げる。
さきほどまでの余裕が吹き飛んだその表情は、よりいっそう可愛らしい。
「婚約するぞ、ネコミ。俺の嫁に内定だ、もう取り消せないからな」
「ほ、本当でござるか……?」
「いじらしすぎるんだよ、お前」
「そ、それは、だって……直接言うのは、恥ずかしかったでござる……」
……全く、そういう所だぞ。
「普段はっちゃけてるクセに恋愛には奥手で、そんなお前が勇気を出したんだ。落ちるに決まってるだろ、いい加減にしろ」
「な、なんで怒られてるでござるかぁ」
「ナメられっぱなしは男の沽券に関わるんだ」
「男の人が沽券なんて言うの、初めて聞いたでござる……」
そんなやり取りを経て、また一人、婚約者が増えるのだった。
……次の結婚式は、流石に二日に分けるべきだろうか。
――そうして。
朝と深夜は領主館。
日中はクロスエンド。
夜はフソウ。
合間でスノリエと通話する……そんな日々が数日ほど続き、評定の日がやって来るのだった。




