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第89話 高貴なる巫女姫、攻略完了

 共和国と聖王国周りに関して、今後警戒しなければいけない事項が一つあるが……それは今ではない。


 という事で、連絡を受けた俺は、即座にネコミの設置した転移装置を使ってフソウへ。


 漆黒の武者鎧を纏い、シスとして巫女姫の元を訪れていた。


「――ッ、シス様……!」


 俺の姿を見た途端、巫女姫がギュッとしがみついてきた。


わたくしが愚かでした……シス様の御言葉、全て真実でした」

「何を見て、何を感じた?」


 月光を浴びて一層の美しさをたたえる黒髪を撫でながら、包み込むように尋ねる。


「治癒を受けた民たちが、私に感謝するのです。ですが、私が皇であれば、そしてシス様の御言葉を信じていれば、そもそも怪我など負わなかったではないですか」


 それは、深い悲しみと悔しさがにじみ出た言葉だった。


「だったらやるべき事は一つだ。分かるよな」

「私が、皇になる事ですね」

「そうだ。俺が全力でお前を支えて、最短で皇に導く」

「あぁ……っ」


 感激の声を上げて、はらはらと涙を落とす巫女姫。だが、すぐに恥じ入るような顔になる。


「ですが、そこまで分かっていながら……最後の一歩が踏み出せないのです。私は愚かで、どうしようもない巫女姫です」


 涙を目に溜めたまま、俺を見上げて、巫女姫が告げる。


「ですから、背中を押して下さい。私に……命じて下さい。皇になれ、と」


 それは、原作で何度も聞いたセリフだった。


 そして、賛否両論を巻き起こした展開に繋がるセリフでもあった。


……言うしかないよなぁ。


「ああ、分かった。――皇になれ、巫女姫」

「んぁっ……♡」


 命じた瞬間、巫女姫がゾクゾクッとした表情になり、甘い吐息を漏らす。


――そう。実は巫女姫は、命令されて喜ぶドMなのである。


 ちなみに、命ずる以外の選択肢を選ぶと無限ループする。


「どうした? 巫女姫」

「い、いえ……今、何か身体の芯が熱くなりまして……」


 下腹部に手をやろうとする巫女姫を見て、慌てて口から言葉が飛び出す。


「触るな!」

「ひぅっ♡か、かしこまりました」


 ビクンッと身体を震わせる巫女姫。


 巫女服からこぼれ落ちそうな膨らみを持つ彼女が、頬を上気させて、扇状的せんじょうてきなポーズを取っている。


 それは、欲望に火を点けるのに十分で……明鏡止水だ、明鏡止水になるんだ、シス!


「あの、シス様……こ、この感覚は、一体何なのですか?」

「い、今はまだ知らなくて良い事だ。必要になったら教えよう」

「は、はい。それで……皇になる為に、わたくしは何をすればよろしいでしょうか」


 原作では、少しずつ味方を増やし、クーデターの準備を進める事になるのだが……。


 正直、時間を掛けている余裕はない。


「皇が民たちを犠牲にし、数々の外道な実験を行なっている証拠がある。それを突きつけよう」

「た、民たちを……!? そのような事、許せません……!」


 前回フソウ領内を巡った時に、一通りの証拠は集めてある。


「そして、俺が月神の使いとしてお前の正当性を保証する」

「他の者たちは、月神様の事をどこまで信じるでしょうか……」

「各地で月神の名の下に活動を行なった。その噂は領民を通じて将たちにも届いているはずだ。そして、当日は俺が月神の権能の一端を示す」


 月神の権能という名のネコミの忍法だが、皇と将たちが集う場を誤魔化すには十分だろう。


「なるほど……絶望的なまでに遠い目標に思えた事が、シス様の手に掛かれば容易たやすい事のように聞こえますね」

「言っただろう、最短で皇に導くと。お前はただ、俺に全てを委ねれば良い」

「は、はい……」


 俺の言葉を聞いた巫女姫は、どこか物足りなさそうな顔をする。


……これは、つまりそういう事なんだろうな。


 そんな事で不満が募ってはたまったものではないし、腹をくくるしかあるまい。


「お前の全てを俺に委ねろ、巫女姫」

「はあぁっ♡かしこまりました……♡」


 どうやら巫女姫の前では、常に智略を高め続ける必要があるらしい。


「縛りプレイ、か……」

「縛り……? んっ♡どうしてでしょう……シス様に縛られる事を想像すると、私、あぁ……っ♡」

「待て、そういう意味じゃあない! 想像するのをやめろ!」

「はうぅっ♡」


 清楚な王道巫女だと思っていたプレイヤーの幻想をぶち壊す、突然のドM路線。


 フソウルートが賛否両論の理由である。


「各地の慰問いもんの疲れも溜まっているだろう。しばらく身体を休めておけ。次の全体会議が、今の皇を引きずり下ろす時だ」

「はい、お気遣いありがとうございます……♡」


 高圧的な態度に悦ぶ巫女姫を見て、頭を押さえたくなる気持ちを抑えて、夜空を見上げるのだった。


……責任の取り方、考えておこう。

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