第87話 最強の天翼騎士、攻略完了
ルリとメラニペは、休息も兼ねて一日だけマロリエスの屋敷に泊まる事になった。
そして、二人がお風呂で疲れを癒やしている同時刻、俺はマロリエスの部屋に来ていた。
「……、わたしは井の中の蛙だったんですねー」
肘掛け椅子に座ったまま黙り込んでいたマロリエスが、ぽつりと呟く。
綺麗な白い翼も、落ち込みを示すかのように垂れている。
「仕方ないさ。事実キミは優れている。個人戦闘だけ見ても、世界で五指に入るだろう」
ステータス総合値で言えばダントツのトップ。
その上で、戦闘特化のヤエ相手に僅差負けで済んでいる。公式チート極まれりだ。
「クロスエンドという大国の中にあってなお、抜きん出ていた。しかも、ご両親を早くに亡くしている」
「何でも知ってるんですねー……」
「魔術師だからな」
父母を亡くし、幼くして自立を強いられた。
その中で生活と学びを両立するには、効率を追求するしかなかった。
そして両立出来てしまった。
「それは仕方のない事で、だけど、キミが一生懸命に努力してきた証だ」
「でも、その努力は間違ってたんですよねー……わたしのせいでクロスエンドが滅ぶ事になるんですからー」
自嘲気味に笑うマロリエスの足元に跪き、その手を取って見上げる。
「そんなキミを、クロスエンドを救う為に俺が来た」
「ぁ……」
薄っすらと頬を朱に染めて、小さな吐息を漏らすマロリエス。
ぼぅっとした翠玉の瞳には、俺しか映っていない。
「努力して身につけたモノは、間違いなんかじゃない。向かう方向を間違えていたなら、軌道修正すれば良いだけだ」
「でも、どこに向かえば良いのかわたしには、」
「だから俺が導く。俺が指し示す。クロスエンドが幸いの未来を迎えて、キミの夢に届くよう、手を取って歩く」
「あ、あぁ……」
マロリエスが口元を手で抑え、目を見開き、涙をポロポロとこぼす。
「キミの全てを知る俺が、キミの魔術師となって支える。ついて来てくれ、マロリエス」
「――――っっ!」
俺の身体をひしと抱きしめるマロリエス。
腕だけに留まらず、翼まで使って俺を離すまいとする。
……クロスエンドに肩入れする理由は、幾つかあるが。
今の俺は、そんな損得とは全く別の所で彼女を慈しんでいた。
「マロリーと、そう呼ぶ事を許してくれるか?」
「……良いですよー。パパとママだけの呼び方ですけど、特別に許しちゃいますー」
ルートヒロインに選ばれなかった時、もっとも報われない末路を辿る彼女を救いたい。
そんな想いを込めて、ギュッと抱きしめながら頭を撫でるのだった。
――その後、明らかに距離感が近くなった俺とマロリーを見て。
ルリは“はいはい、分かってたわよ”という反応をし、メラニペは“仲良シハ良イ事ダ!”と言わんばかりに笑っていた。
そして、翌朝。屋敷の庭先にて。
「ルリに聞いても良いですかー?」
「ん? どうかした?」
「ルリは、どうしてそんなに凄いんですかー?」
怪鳥さんに乗ろうとしていたルリに対し、マロリーが質問を投げかけた。
その質問に対し、ルリがにっこり笑って答える。
「愛の力よ! 大切な人を想うだけで、とんでもない力が湧いてくるんだから!」
「愛……」
なぞるように呟いた後、マロリーもにっこり笑って告げる。
「分かりましたー。では愛の力を得たら、その時は戦ってくださいー。わたし、同じ土俵ならあなたに勝てると思いますのでー」
「へぇ、言うじゃない。そんなにアタシの事、気に入っちゃった?」
「自分でも理由は分からないんですけどー。あなたは他人のように思えなくて、勝ちたいって思いますからー」
そんな二人の会話を聞きながら、そう言えば、と思い出す。
原作ではついぞ実現しなかったが、ルリVSマロリーの勝敗予測はユーザーの間でも意見が分かれていたな、と。
「もちろん良いわよ! いつでも挑戦、待ってるんだから!」
共に並び称される公式チートであり、早くに親を失くした後、天賦の才を努力で磨き上げたという点も共通。
さらに言えば歳も同じで、見た目も金髪同士……互いに感じ入るモノが、何かあるのかもしれない。
「ワタシモ、待ッテイルゾ! マロリエス!」
「えっ? いえあのー、あなたとは特に戦う理由もないんですけどー……」
「ソウデハナク――モガッ!?」
「ほらメラニペ、行きましょ!」
そんなやり取りの後、ルリとメラニペは怪鳥さんに乗り、ヴァッサーブラット領へと帰っていった。
「……愛、ですかー」
二人を見送った後、マロリーがポツリと呟く。
「どうすれば、愛が手に入りますかねー?」
……絶妙に答えに困る質問だな。
「人によって千差万別だから、そうだな。愛を手に入れる事を、課題の一つとして設定すれば良いんじゃないか?」
「分かりましたー。では屈んで下さいー」
「ん? 構わないが……」
突然どうした、と思いながら屈むと――ちゅっ、と頬に柔らかな感触。
「――ッ!?」
ビックリして顔を向けると、頬を染めながらも片目を閉じて、悪戯っぽく微笑むマロリーの姿。
「課題の達成に向けて、力を貸して下さいねー」
やれやれと苦笑しながらも、心に吹くのは快い風。
原作にはないセリフ――“俺”だけに向けられた想い。
その言葉は、やはりこの上ない喜びで心を満たしてくれるのだった。




