第81話 五人目の嫁
翌日、俺はヤエと話をする為、スノリエと別行動を取っていた。
城塞都市外れの森で待っていると、いつもの着物姿に戻ったヤエがやってくる。
「本当にありがとな、ヤエ。お陰でスノリエの覚醒を導く事が出来た」
「こちらも、興味深いモノを見る事が出来ました。幾度殺しても死なない……斬り甲斐があるというものです」
一晩経っても興奮冷めやらずと言った様子で、頬を上気させている。とても色っぽい。
「そんなに楽しかったのか、スノリエとの戦い」
「あの神職との戦い自体は、それほどでも……攻撃が単調で飽きたので、切り上げてしまいました」
命と引き換えのカウンターも繰り返せば単調な一撃に過ぎない、か。
そんなデタラメな攻撃に対応するヤエがおかしいのだが、ともあれ。
「だったら、どうしてそんなに興奮してるんだ?」
俺の言葉を聞くと、ヤエが刀を撫でる。
「あの不死の力を断ち切る事が出来れば、わたくしめはさらなる高みに至れるでしょう。それを思うとゾクゾクが止まりません」
求道者のヤエらしい科白に苦笑する。
「スノリエは俺にとって必要な存在だから、殺すのはダメだぞ」
「それは感情と利益、どちらからの言葉でしょうか」
「両方だ」
愛というほど強い気持ちではないが、一緒にいて楽しい。仄かな慕情が表現としては近いだろうか。
その気持ちと同じくらい、彼女がいれば俺の理想に近づくという確信もあった。
「……、……」
「も、もしかして不貞判定を食らうか?」
「ああ、いえ。お互い想い合っていれば良いというルリ様たちの言葉は、わたくしめも聞いておりますゆえ」
その言葉を聞いてホッとしつつ、引っ掛かりを覚えたので尋ねてみる。
「じゃあどうして昨日の戦いで急に戦意が増したんだ?」
「アレはわたくしめの個人的な嫉妬です」
「そ、そうなのか……」
「はい、そうなのです」
まさかヤエがここまでストレートに好意を伝えてくるとは……。
『ユミリシスの夜のそういうの、受け止めるの……もっと人数がいるかな、って』
思い出すのはルリの言葉。
どうやら包囲網は着々と出来上がりつつあるらしい。
妻たちの公認があり、俺を好きだと言ってくれる美女剣士と二人きり。
昨日の鎧スーツのボディラインを思い出してしまい、ゴクリと唾を呑む。
「あらあら、わたくしめと……致しますか?」
くすくすと笑いながら、ヤエが着物の胸元を開ける。
そこには、ふくよかな谷間が見えて……煩悩を振り払う為、頭を振る。
「そういう事をするのは、やっぱり結婚してからだと思う。するからには色々と責任が伴うだろ」
「婚姻……ですか」
ヤエが困りました、と言いたげな表情になる。
「わたくしめ、妻のしがらみに縛られたくはないのです」
「しがらみ?」
「妻になってしまえば、わたくしへの命令に“妻だから”という判断が入ってしまうでしょう」
否定は出来なかった。
嫁だから無理はさせられない、という意識はあるかもしれない。
「それに、わたくしめは女であると同時に刃でもあるのです。主様の唯一無二の刃として、立ち塞がる敵を永劫、斬って、斬って、斬り続けていきたいのでございます」
そこまで言い終えてから、眼差しを伏せるヤエ。
「ですから……叶うのであれば、もう二度と主様を斬りたくはありません」
俺を斬り伏せて、激しい動揺と恐怖を浮かべていたヤエの瞳を思い出す。
「ヤエがあんな目をするなんて驚いたぞ」
「誰かを斬って恐怖を感じたのは、アレが初めてでございました。身命を捧げた主様を自らの手で斬り、その命脈が失われる様を見て、動揺して……わたくしめも人なのだと、改めて思い知りました」
言葉を口にしながら、ヤエがどこか遠くを見つめるような目になる。
「ただ一振りの刃に成りたいと願いながら、確かな“女”でもある……その葛藤は既に乗り越え、受け入れましたが。そうであるからこそ、これ以上のしがらみは不要なのです」
妻をしがらみと言い切られて寂しい気持ちはあったが、ヤエらしいとも思う。
「そっか。じゃあ結婚指輪とは違う形で、永遠の絆を象徴するモノを創ってもらおう」
「よろしいのですか?」
「右手の中指には魔を払うって意味もあるらしいからな。俺のこの指は、ヤエ専用だ」
この世界には、左手薬指に結婚指輪を付ける風習がなかった。
風習がないという事は、自由に意味を作って良いという事だ。
俺の言葉に、ヤエがクスクスと笑う。……参ったな。良い事を言おうとして滑ったか?
「ああ、申し訳ありません。主様は、随分と指輪にこだわりがあるのだな、と」
「改めて言われると恥ずかしいな……」
「そういう事であれば、はい。その指輪を以て永遠の絆の形といたしましょう」
もちろんニミュエに頼む事になるが……そろそろニミュエにも、彼女の為になる事を何かしてやりたいな。
「そしてその指輪を互いに付ける時が、わたくしめの貞操を捧げる日という事でございますね」
「えっ、いや、あー……」
ピタッと身体を押しつけてきたヤエが、手を取って自らの身体に触れさせる。
「わたくしめは、いつでも主様に使って頂きたいと思っておりますよ?」
その科白は反則だと思う。
そんな事を思いながら、しかし、こんな関係もアリだろうか……などと考えてしまう欲望を振り払う。
明鏡止水、明鏡止水……。




