第79話 完璧なコミュを毎日二時間やり続けた結果がこちらになります
デメルグ聖王国、城塞都市。
その城門前で、俺はスノリエと待ち合わせしていた。
「ごめんねっ、先輩! 遅れちゃった! 待ったよね?」
「いや、さっき着いたばかりだぞ」
「そっか、良かったー!」
ホッとしたように笑ったあと、スノリエが当たり前のように腕を組んできた。
二の腕に当たるふくよかな感触は努めて無視する。
「えへへー、先輩とデート、デート~♪」
距離感が近いのは、毎日二時間以上通話していたからだろう。
……ヒョウカや巫女姫もそうだけど、原作ヒロインとの会話は思い出が蘇って楽しくなるんだよな。
「今日は随分おめかししてるな」
スリットの入ったシスター服は変わらないが、髪や唇のツヤ感が違う。さっぱりとした香水の匂いも彼女によく似合っている。
「わ、気づくんだ! 先輩凄い!」
「スノリエの変化ならすぐ気づくさ」
「そ、そっか……えへへ」
はにかむスノリエ。そのほっぺたは林檎のように赤くなっている。
「あ、でもでも、おめかしして遅れた訳じゃないからね!?」
「分かってる。困っている人を助けてたんだろ?」
「そう! そうなんだよ! あの大揺れ……大災厄で怪我をして、普段通り生活出来ない人がいっぱいいて……」
話しながら、スノリエの声のトーンが落ちていく。
「ボクにもっと強い治癒の力があれば、治してあげられるのに……」
「時間をかければ重傷も癒せるって、それだけでも凄いけどな」
「そうかもしれないけど、やっぱり……」
予想通りの反応なので、用意していた方向に誘導する。
「魔法も使い込むほど威力が上がるらしいし、治癒術も使うほど強くなるんじゃないか?」
「そうなの!?」
「ああ、だから今日は辻癒やしと行こう。困っている人たちを助けて助けて助けまくるんだ」
スノリエがビックリした表情になった。
如何にも隙だらけな表情で、思わずほっぺたをツンツンしたくなる。
「で、でも、今日は城塞都市を案内する日で……」
「スノリエと一緒にいられるなら、理由は何だって良いさ。色んな人を助けてスノリエの治癒術も強くなるなら一石三鳥だ」
「せ、先輩……」
うるうるキラキラした眼差しのスノリエ。そんな彼女の頭を撫でながら、笑いかける。
「さ、行こう」
「――うんっ!!」
こうして、俺とスノリエは朝から夕暮れまで――合間で昼食をシェアしつつ――困っている人たちを助け続けるのだった。
そして、人助けも一段落ついた頃。
俺たちは、手を繋ぎながら暮れなずむ城塞都市を歩いていた。
「今日はありがとね、先輩。ボクに付き合ってくれて」
「俺がやりたかっただけだ。最高に楽しかったぞ」
「……、人助けで楽しいのなんて、初めてだったよ」
「誰かを助けたら、笑顔が見られる。笑った顔を見ると嬉しくなる。その嬉しさを分け合える人がいたら最高……そうだろ?」
スノリエが繋いだ手の指を絡めてくる。恋人繋ぎだ。
「……ねぇ、先輩。まだ会ったばかりなのに、ボク、おかしくなっちゃったみたい」
足を止めた彼女が、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
「ボク……先輩の事が……」
スノリエがその先を口にしようとした瞬間――“その時”が訪れた。
城塞都市に設置された、緊急事態を告げる鐘の音。
それが激しく鳴ると同時に、遠方、城壁の方から凄まじい破砕音が聞こえたのである。
「えっ、な、何!? うそっ、敵襲!? なんで!?」
「行くぞ、スノリエ!」
混乱するスノリエを連れて音の方に走る。
崩れた城壁の向こう、夕日を背にして立つのは、長剣を抜き放った女性。
身にまとうのは、豊かな胸からくびれ、お尻までのラインが明確に分かる漆黒の鎧スーツ。
「あらあら……飛んで火にいる夏の虫ですね」
全身から邪悪ですと言わんばかりのオーラを放ちながら、長い黒髪を靡かせる狐面の剣士。
「スノリエ、アイツは危険だ! 協力して倒すぞ!」
第二効果で再現したガントレットを装備し、構えながら鋭く声を掛ける。
「う、うん! 先輩がいるから怖くないよ!」
力強く頷いたスノリエ。
彼女の掲げた大樹のペンダントが光を放ち、巨大で硬質な杖へと形を変える。
「……、……」
そんな俺たちを見て、推し量るような雰囲気になる邪剣士。
……まぁ、ぶっちゃけヤエなのだが。
そう。これは未来の聖女であるスノリエを今の段階で覚醒させて、国の中枢に食い込む為の作戦。
つまり狂言戦闘である。
「あらあら……あらあらあら。随分と仲がよろしいようで」
底冷えするような声と共に、ぶわっと戦意が溢れ出す。……あれ?
「――スノリエ。死ぬなよ」
「えっ?」
直後、俺のガントレットとヤエの剣が激突し、甲高い音が響き渡った。




