第75話 四人目の嫁
翌日、俺はクラーラに呼び出されて、王城にある彼女の私室でお茶会をしていた。
「――ユミリシスは、ズルいですわ」
ぷくっと頬を膨らませたクラーラは、開口一番そんな科白をぶつけてきた。
「ど、どうしたんだ、クラーラ」
「聞いた所によると、最近わたくしと同じ年頃の娘を妻に迎えたとか」
「それはユキノの事だと思うけど、妻じゃないぞ、ただの武官だ」
頭痛を感じながら訂正すると、きょとんとした表情になるクラーラ。
「そうなのですか?」
「ああ。小さいからルリたちに可愛がられてて、そういう噂が立ったんだろう」
「ではユミリシスは、そのユキノなる武官に淫らな目は向けていないと?」
一瞬、言葉に詰まってしまう。
そして、その隙を見逃すようなクラーラではなかった。
「む~~~~~~!」
「いや、ユキノは男の前でも気にせず服を脱ぐから、それはつい見てしまうというかだな」
「つまり、わたくしも脱げばよいと」
「待て待て待て!」
本当に脱ごうとしたので慌てて止める。
「どうしたんだ、クラーラ。今日はおかしいぞ」
「わたくしは毎日ユミリシスにおかしくなっています」
「じゃあいつもより変だ」
「変ではありません、恋です」
ここまでの強情さは記憶にないので、本気で困惑してしまった。
そんな俺を見たクラーラは、幽き溜息を吐く。
「ユミリシスの結婚式を見せつけられた女の気持ちも、考えて頂きたいです」
「それは……」
思わぬ方向からの一撃だった。
「ユミリシスには分からないかもしれませんが、女のほうが殿方より強いのですよ」
「そういう傾向にあるよな」
「つまり婚姻とは、女が大黒柱になる覚悟を決めるモノです」
……そうか。確かに女性が強く男性が弱いこの世界ではそうなるのか。
「ですがルリも、メラニペも、ウルカも、背負ってもらえる歓びにあふれていました。ユミリシスという大黒柱を支える幸せに満ちていました」
「……それが羨ましかった?」
こくんと頷き、紅茶を飲むクラーラ。
ティーカップを持つ手が少しだけ震えている。
「あんなに幸福な顔をする事が出来たなら、それはどんなに……」
ティーカップを置いたあと、クラーラは小さく頭を振る。
すると次の瞬間には、大人びた苦笑が浮かんでいた。
「申し訳ありません。取り乱してしまいましたわ」
「いや、俺も新しい視点が得られたよ」
「ちなみにユミリシスは、わたくしが閨で他の殿方に愛されたらどう思いますか?」
その想像に、嫌だなと思ってしまう自分がいて――その隙を、クラーラは見逃さない。
「ふふっ。ユミリシスは昔よりもずっと沢山、隙を見せてくださるようになりましたね」
「それだけリラックスしてるし、楽しんでるんだよ、お前とのこの時間を」
美しい銀髪のツインテールと、花のかんばせを持つ幼き女王さま。
そんな魅力的な女の子との会話が楽しくない訳がない。
「安心いたしました。わたくしの片思いではないのですね」
「はぁ……。お前くらいの歳の子に手を出すのは、流石に犯罪だと思うんだ」
「そのような法、古今東西どこにもありませんのに」
分かっているが、こればかりは前世の倫理観を恨んでほしい。
「では、わたくしがウルカと同じ歳になったら……もしくは、ユキノとやらを妻に迎え入れたら、その時はわたくしも妻にして下さいな」
「……俺は王配になる気はないぞ。かと言って、お前もディアモントの国名は捨てたくないだろ」
すっかりご機嫌になったクラーラが楽しげな様子で口を開く。
「その時は、ヴァッサーブラット=ディアモント王国にすればよいのです」
「いや、それは……」
それは流石にどうなんだ。
「ここはわたくしの国であり、ユミリシスの国です。誰にも文句は言わせません」
そう言って花のような笑みをこぼした後、クラーラは切り替えるように「ともあれ……」と口にする。
「わたくしはそれほどの気持ちを持ってユミリシスを愛しています。その事を忘れないでくださいませ」
幼さゆえの怖いもの知らずと、恋する乙女ゆえの躊躇わなさ。
それがケイテ=クラーラ・フォン・ディアモントという少女の強さなのだろう。
俺の懐に入っている通信結晶が振動したのは、ちょうどそんなタイミングだった。
「これは……ヴィブラレットの通信結晶か」
連絡の内容は、魔石を利用した試作品が出来たから来てほしいというものだった。
「悪い、クラーラ。今日はここまでだ」
「はい、有意義な時間でした」
「……もし良ければ、クラーラもいるか? 通信結晶」
「ふふ、要りません。だってそれを持っていなければ、ユミリシスが直接会いに来てくださいますもの」
その発想は、少し後ろ向き過ぎるのではないだろうか。
「いや、良い。渡しておくから、いつでも連絡してくれ。その上で今と同じくらいの頻度で会いに来る」
「……、よろしいのですか?」
クラーラとの未来をどのような形にするかは、まだ決めかねているが……それでも。
「クラーラが寂しがる顔は、見たくないからな」
その言葉を聞いた幼い女王さまは、呆気に取られたあと、赤らめた頬をぷくっと膨らませる。
「やはりユミリシスはズルいです」
そんなクラーラの頭をポンポンと撫でて、彼女の私室を後にするのだった。




