第74話 チート持ちが驕りを捨てたら誰も勝てない
ヴァッサーブラット領に帰還後、俺は執務室でアイルから報告を受けていた。
「――という事で、国内の街や村における死者はゼロ! 命に別状がある人もいないですね!」
「そうか……あぁ、安心した」
安堵の吐息と共に、深々と椅子に座り込む。
今まで集めてきた誰が欠けてもこの結果は出せなかっただろう。
とは言え――。
「メラニペの様子は、どうだ?」
「まだカフカスの崩壊に現実感がないみたいです。直接見た訳でもないですしね」
メラニペの気持ちを知る為にも、報告を聞き終えたらすぐに向かうべきだろう。
「カフカス……メンショウ軍はどうだ?」
「壊滅しましたねー。とくに非戦闘要員の被害が甚大です。主だった将に負傷者がいないのは流石ですが、本国に撤退したようです」
将に負傷者がいないなら、ヒョウカとリンファは無事だろう。とは言え……。
「壊滅、か。狙い通りとは言え、俺の策謀で大勢が死んだんだよな」
「やっぱり辛いです?」
「思っていたよりは平気だ、ただ……」
かつて見た、大切な人たちが失われる悪夢。
あの光景を現実にしない為に、これは必要な事だった。
だからメンタルを病むという事はないが、しかし。
「何か大きな一線を超えた気がする。……たぶん、俺は地獄に落ちるんだろうな」
「その時はアイルも一緒ですよ」
アイルの手が、そっと俺の手に重ねられる。
その温もりをもっと感じたくて、指を絡めようとして……やめる。
「良いのか? 地獄にはきっと美少女なんていないぞ」
「ふふっ、その時は御主人様を大好きな気持ちが十割を突破しちゃいますね」
「そりゃ、最高だな」
言葉を交わして笑い合った後、立ち上がる。
「それじゃあ、俺はメラニペの所に行ってくる」
「かしこまりです! その他の報告や詳細は後で紙にまとめておきますね」
「よろしく頼む」
アイルに見送られながら執務室を出て、メラニペの部屋の扉をノックする。
すると勢いよく扉が開いてメラニペが抱きついてきた。
並の武官なら吹き飛ぶような勢いに、思わず苦笑してしまう。
「ユミリシス! 会イタカッタゾ!」
「っと、はは……俺じゃなかったらどうするんだ」
「ノックデ分カル!」
「それもそうか」
メラニペを持ち上げて抱きかかえつつ、ベッドの上に座る。
「アイルから聞いたぞ。魔獣たちと一緒に頑張ってくれたんだってな。ありがとな」
「ユミリシスノ妻ダカラ当然ダ! ソレニ、ディアモントハ友タチノ第二ノ故郷! 守ルゾ!」
……第二の故郷、か。
「カフカス大森林、守れなくてごめんな」
「ユミリシスガ謝ル事デハナイ! ムムー、ダゾ!」
不満そうに唇を尖らせたメラニペが、俺のほっぺたをツンツンする。
そのまま身体の向きを変えて、膝の上に座ったまま向かい合う。
「誰ニダッテ出来ナイ事ハアル! ダカラ出来ル事ヲ頑張ルンダ!」
その言葉を聞いて、ハッとさせられた。
「出来ない事がある、か……そうだよな。それが普通だよな」
無意識の内に驕っていたかもしれない。
自分なら何でも出来る、やらなければいけない、と。
「ありがとな、メラニペ」
「エヘヘ、ヨウヤク笑ッタナ! ユミリシスノ笑ッタ顔ガ好キダ!」
嬉しそう笑うメラニペの顔こそ、俺が一番大好きな彼女の顔で。
「メラニペ、キスしても良いか?」
「良イゾ! デモ、スルナラ二人モ一緒ダ!」
立ち上がった彼女に手を引かれて、俺の寝室に連れて行かれる。
扉を開けると、そこには――。
「やっぱりメラニペに任せて正解だったみたいね。うんうん、良い顔してるじゃない」
「流石はメラニペお姉様です」
ルリとウルカが、ベッドに腰掛けて手を振っていた。
「ルリ、ウルカ……どうして」
「ユミリシスが無理してるんじゃないか、って話が出たのよ」
「そんなユミリシスおにーさんを、三人で癒やしてあげるって訳です。まぁ、私はおにーさんの情けない顔を見る気満々ですけど♡」
……いつからかは分からないが、俺の部屋でずっと待っていてくれたのか。励ます為に。
「二人モ、ユミリシスヲ思ッテ発情シテイタカラナ!」
「ちょっ、メラニペ、余計な事は言わなくて良いから!」
「ルリお姉様の声、隣の部屋まで聞こえるくらい凄かったんですよ♡」
「ウルカ!?」
顔を真っ赤にするルリ。よく見るとウルカも頬の端が赤くなっている。
そしてメラニペも、照れたように頬を赤らめていて。
その後の事は、語るまでもないだろう。
俺は妻たちの優しい気遣いをありがたく受け取って、お返しを贈るのだった。




