第73話 命を助けた未来の聖女が尻尾をブンブン振ってきた件
――そして、遂にその時が来た。
地の底で蠢くモノ。
トグロを巻く力の本流。
歪な接合に端を発する大陸の悲鳴。
それらが噴出し、世界全体を揺れ動かす。
「始まったか」
星のない夜空を背景に、怪鳥さんの背に乗り、鳴動する大地を見下ろす。
髪型をオールバックにして、サングラスを掛けた俺は、森に建てられた小さな教会を視界に収める。
「怪鳥さん、合図したら迎えに来てくれ」
言い残してダイブし、一瞬の浮遊感。
そのままヒーローじみた着地をすると同時に、揺れる大地を蹴って教会に向かう。
教会の中にいたのは、長椅子の下に入ろうとしているシスター。まろやかなお尻がこちらを向いてる。
「もうすぐ地割れが来るぞ! 退避しろ!」
「えっ――え!?」
俺の言葉に驚きつつ振り向いたのは、亜麻色の髪を肩口で切りそろえた女の子だった。
スリットの入ったシスター服には性的魅力が宿っているが、容姿自体は純朴で、そのギャップが背徳的だ。
そして、こちらを見つめる鳶色の瞳には、思わず魅入ってしまいそうな美しさがあった。
「あっ、その、えっと、ボク……」
「良いから早く来い! 悠長な事をしてたら死ぬぞ!」
俺は少女の言葉を無視し、無理やりお姫様抱っこしながら走り出す。
走り抜ける中、いよいよ激しくなる鳴動。非力な者は立つ事すらままならないだろう。
森を抜けて、揺れの浅い場所まで来た所で――遠くのほうから凄まじい音が届く。
教会のあった場所が、地割れに飲み込まれていた。
小さな森が崩壊していく。
「……ぁ」
先ほどまでその場所にいた少女は、呆然とした表情のまま、ぎゅっと強く俺を抱きしめた。
――それからしばらく時間が経って、揺れが収まった頃。
「さて……そろそろ気分は落ち着いたか?」
俺が声を掛けると、少女がこくんと頷く。
「えっと、その……ありがと、ボクを助けてくれて。あなたがいなかったら、きっとボクは……」
実は俺が助けずとも生き残るのだが、それを言う必要はないだろう。
「ああ、気にするな。俺は神の声に従っただけだ」
「えっ!? あなたも神さまの声を聞いた事があるの!?」
ハッと驚いたように顔を上げる少女。
その首に掛けられた、大樹を模したネックレスがキラリと光る。
「ん? あなたも、という事は、お前も聞いた事があるのか?」
「うん! そうだよ!! 子供の頃に神さまに助けて頂いたんだ! うわぁ、まさかボク以外にも神さまの声を聞いた人がいるなんて!」
もちろん嘘だが、ヤエやリリスリアが言うには俺は神らしいので、あながち間違いでもないだろう。たぶん、きっと。
「えっと、あなたはボクより年上だから、先輩……だよね?」
「そうとも言えるな」
「あ、ボクの名前はスノリエだよ! 先輩の名前はっ? どこ出身!?」
「俺の名前はヴァッサゴだ。大陸西部に住んでいるが、神のお告げに従ってここまで飛んできた」
ボクっ娘シスター――スノリエはあんぐりと口を開く。
「ええぇ、そんな遠くから!? うわー、うわー! 凄い! そっかぁ」
尊敬の眼差しを向けてくる彼女もまた、原作ヒロインの一人だ。
大陸南西部の宗教国家・デメルグに所属しており、クロスエンド共和国との第一次会戦においてデメルグを勝利に導く聖女である。
もっとも、今は単なるシスターに過ぎないが。
「大陸西部からだなんて……やっぱり神々は繋がってるんだなぁ」
デメルグが信仰する“黄昏教”は多神教。
一方のクロスエンドは一神教であり、相容れずバチバチ火花を散らしている。
「それでそれで、先輩はこの後どうするのっ? もし良ければ神さまについて語り合おうよ!」
「語り合うのは構わないが、あの揺れはかなり大きかっただろ。他の地域も被害は大きいはずだし、救助活動が先だと思う」
「あ、そっか、そうだよね……。うぅ、ボク、すぐに目の前の事以外見えなくなっちゃう……悪いクセだぁ」
今度はズーンと落ち込むスノリエ。
浮き沈みの激しさに苦笑しつつ、ポンポンと頭を撫でる。
「目の前の事に全力で、物凄い集中力で取り組めるって事だろ? 凄い事だぞ、それは」
「わわっ……そんな風に言われたの初めてだよ、えへへ」
スノリエは心地良さそうに目を細めた後、ほっぺたを緩める。
「だからスノリエには、今やるべき事を示してくれる誰かが必要なんだろうな。スノリエの力を善き方向に導いてくれる誰かが」
「確かにそうかも……。あ、それじゃあ先輩がボクの隣にいてよ! ボクを導いてほしいな!」
「……、……」
スノリエルート中盤のセリフを、まさかこんなに早く聞く事になるとは。
命の恩人、神の言葉、高統率……三つの合せ技は思った以上の威力だったらしい。
「構わない、って言いたい所だけど、俺にも俺の生活がある」
「そっかぁ……そうだよね、うん……」
「だからこれを渡しておこう」
懐から取り出した通信結晶をスノリエに渡す。
「えっ、これ通信結晶!? 凄い! とっても高価なものだよね!?」
「それがあれば、いつでも俺と連絡が取れるぞ」
「わーい! やったー!」
全身で喜びを表す姿は、まるで尻尾をブンブン振る犬のようだった。
とは言え、仲良くなったからと言って油断してはいけない。
スノリエの言う“神さまの声”は、彼女に宿る別人格の声。
つまりその別人格が“ヴァッサゴを殺せ”と言えば、容易く俺の敵に回るのだから。
「雑談でも良いし、相談でも良いし、気軽に通話しよう。それと、どうしても俺の力が必要な時は言ってくれ。すぐには無理でも駆けつけるから」
「うん! ありがと、先輩!」
……こうしてニコニコ笑っている時は、可愛いんだけどな。
選択肢を間違えた時のイベントスチル。
主人公の返り血を浴びながら冷たい表情をする姿を思い返しつつ、俺はヴァッサーブラット領に帰還するのだった。




