第72話 予言者ムーブで騎士娘たちの国を翻弄する
クロスエンドは、戦乙女と聖騎士の血脈が交わり誕生した、翼を持つ騎士たちの国だ。
この世界でもっとも旧い歴史を持ち、現在は十三人の族長による合議制で運営されている。
俺は今、そんな国の中枢議会に真正面から乗り込んでいた。もちろんアポはない。
武勇を跳ね上げて、転移に見せかけつつ大円卓の中央に舞い降りる。
「敵襲か!? チッ!」
「――――!!」
「殺す殺す、殺すぅ!!」
円卓に座っていた、翼を持つ十三人のカラフルな女性陣。
その内の三人が翼をはためかせて、剣を、斧を、槍を繰り出してくる。
俺は慌てる事なく剣を右手で、斧を左手で掴み、槍を足で踏みつけ、飛んできた矢を首の動きだけで回避した。
攻撃してきた四人が愕然と目を見開く中、円卓の上座に座っていた少女が立ち上がり、声を発する。
「皆さん落ち着きましょー。平和的に、ですよー。争いはメーです」
どこか気の抜けるような声を上げたのは、純白の鎧ドレスを纏った少女。背中から生えた翼もまた白く、美しい。
ウェーブ掛かったセミロングは、太陽と黄金の輝きを折り重ねたような金髪。まるで陽光のヴェールのようだ。
瞳の色は翠玉色で、くりくりとした目が可愛らしさに拍車をかけている。
「しかし白の族長! このような形で議会に乱入する非礼、捨て置く訳には!」
「それはそうなんですけどー、この方が殺す気なら、わたし以外全員死んでましたからねー?」
白の少女がさらりと口にした言葉で、ざわっとした空気が広がる。
全員が息を呑んでいた――俺と少女以外。
「それは流石に言い過ぎだ。キミが他の者たちを守るだろう? キミの守護結界は壊せない」
「でもでも、最初の不意打ちで半分くらいは持っていけましたよねー?」
「否定はしない」
可愛らしい顔つきと緩い声で、容赦なくズバズバ言う少女。
共和国史上最強の騎士であり、公式四大チートの一人。
マロリエス・ウェイグナー。原作ヒロインの一人である。
「では皆さんに守護防壁を張りましてー。それでは平和的に話し合いましょうー」
円卓の面々を包む、緑の燐光を放つ硬質なオーラ。
それは、あらゆる攻撃を通さない守護防壁。
いつぞやの邪竜が持っていた物理・魔法を無効化する力と同質。
……つまり俺なら突破出来る訳だが、わざわざ手の内を明かす必要もない。
「ああ、平和的に行こう。大丈夫、俺はキミたちの味方だ」
「味方ならこんな登場の仕方はしないと思いますよー?」
「それに関しては謝罪する。ただ、時間がなくてな」
「時間ですかー……?」
訝しげな表情をするマロリエスに、告げる。
「今夜、世界規模の大揺れが発生し、この首都を大規模な地割れが襲う」
「へっ?」
「これは予言だ。避難は間に合わないだろうが、今の内に守護防壁の力を集積しておくと良い。首都周辺を守るくらいは出来るだろう」
「……、……」
探るように見つめてくるマロリエス。頭の中で考えを巡らせているのだろう。
「……、とても信じられる話ではないですがー。そんな冗談を言う為に、わざわざこんな事をするとも思えませんねー」
「酔狂でこのような事は言わないさ」
「その格好は、とっても酔狂だと思いますよー?」
マロリエスの指摘通り、今の俺は姿を変えていた。
魔術師めいた黒いローブを目深に被り、顔には黒のドミノマスク。
「格好は仕方ない。これが魔術師の正装だからな」
「魔法使いではなく、魔術師……ですか。このクロスエンドでその単語を名乗る意味、分かっていますかー?」
クロスエンドには前身となる国が存在する
賢き魔術師に導かれ、強大な戦乙女と聖騎士たちを従えた、偉大なる女王の国。
その国が打ち立てた数々の伝説は、今でもクロスエンドにおいて信仰されている。
「ああ、分かっている。キミを導く魔術師がここに現れたと、そう言っているんだ」
「――――」
幼い頃から伝説を聞かされて育ち、いつか自分にも魔術師が現れ導いてくれるはずと、ワクワクしながら育ったマロリエス。
「その言葉はー、ちょっと信じられないですねー。平和を愛するわたしですが、ちょっとあなたとは仲良くなれそうにないですー」
焦がれ、求め続けてきたからこそ、俺の言葉に反発するのだろう。
それで良い。……反発が強いほど、それが反転した時の影響も大きいはずだから。
「そうか、残念だ。ならば俺はこれで立ち去るとしよう。だがその前に……」
迷わず俺に襲いかかってきた天翼騎士たちに、順番に声をかけていく。
「剣を使うキミはもう少し足腰を鍛えると良い。翼だけに頼りすぎるのは良くない」
「え、あ……」
「斧を使うキミは力任せな所がある。一撃が大きい斧だからこそ、確実に当てにいく事を意識したほうが良い」
「!?」
「槍を使うキミは、口に出すよりも先に穂先の殺意を研ぎ澄ませると良い。言葉にすると一拍遅れてしまう」
「あ、ぅ……」
ついでに俺に矢を放った天翼騎士にも声を掛けておく。
「キミの弓はとても良かった! 殺意を込めたらもっと鋭くなるぞ!」
「っ!!」
言い終えて背中を向けると、マロリエスが声を掛けてくる。
「……、あなたのお名前を聞かせてもらえますかー?」
「グレゴリオ=ラス・ブラットだ。ラスで良い」
名乗りに対する返事は聞かずに、その場から消え去る。
……さて。あと一つ、プレート移動の発生と同時にやるべき事を終えれば、領地に帰る事が出来る。




