第33話 原作主人公のフラグブレイク、そしてヴァッサーブラット領へ
ヒョウカの好感を稼ぐ為、彼女の屋敷へ向かっている中途での事。
俺は、視界の端に気になる人物を捉えた。
「あれは、確かヒョウカの屋敷に仕えている女中だな……何をやってるんだ?」
目立たない服装に着替え、キョロキョロと周囲を見回している。余りにも怪しい。
「つけてみよう。ヤエは氣による周囲の警戒を頼む」
能力値を調整して隠密仕様に変える。
そんな俺を見たヤエが、呆れとも感嘆ともつかない声を漏らした。
「相変わらず見事な変化ぶりですね……狐に化かされているようです」
「ちなみに、今の俺をヤエの氣で索敵出来るか?」
「一度姿を認識すれば遠く離れても追えますが、最初からその状態で隠れて近づかれては無理でしょう」
ヤエの氣は言ってみれば高性能レーダーだ。
そのヤエの太鼓判があるなら、隠密行動もこなせるだろう。
「それは何よりだ。さ、行くぞ」
「承知しました」
女中を尾行してほどなく、怪しげな男と密会している姿を目撃した。
逢引、というには些か剣呑な雰囲気だ。
「……、もしかして」
思う所があり、女中のステータスを閲覧して所属と職業の欄を確認する。
普通であれば【所属:メンショウ帝国/職業:セイ・ヒョウカの女中】と表記されているはずだが――そこに記された情報を見て目を見開く。
【所属:エジネア領/職業:間諜】
やはり原作のヒョウカルートにあった反乱イベント、その端緒となる密会らしい。
距離は離れているが、念の為に小声でヤエに語りかける。
「あの女中と男はメンショウ帝国に滅ぼされたエジネア王国の人間だ。恐らく反乱を企てている」
「あらあら……これは、途轍もない情報ですね」
あの女中はヒョウカの母代わりの女性だ。
情で目が曇ったヒョウカは裏切りに気づかず、帝国に被害をもたらして地位が失墜する。
そんな彼女を支えながら、汚名返上と名誉挽回を目指すのが原作のヒョウカルートなのだが……。
「どうなさいますか?」
「……、報告しよう」
これは恩を売るチャンスだ。
それに、ヒョウカを通じてメンショウをコントロールするなら地位の失墜は避けたい。
……ショックを受けるなら、早い方が良いだろうしな。
――ヒョウカに信じてもらう事が一番の難関で、動き出してからは迅速に片がついた。
感情を押し殺し、優れた能力値を遺憾なく発揮したヒョウカは、すぐに証拠を見つけて女中を捕縛した。
だが、そこで張り詰めていた糸が切れたのだろう。
放心状態になった彼女は半日の間、御座に座って何もせずボーッとしていた。
流石にそのままにはしておけず、一段低い位置から声をかける。
「ヒョウカ様。この度の事は、何と申し上げればよいか……」
「……、いいのよ。お前が気にする事ではないわ」
力のない声だったが、瞳には少しだけ光が戻っていた。
「そうね……、お前とヤエのおかげで、大禍になる前に内々で処理する事が出来る。何なりと欲しいモノを言いなさい」
「わたくしめは特に欲しいものはございません。ああ、ですが……新たな刀を打つ為に資金が必要ですから、そちらを融通して頂ければと」
「そう、分かったわ。用意させましょう」
しれっと要求するヤエに心の中で苦笑する。
ヒョウカの悲痛な情動に当てられ、俺まで暗い気持ちになっていたが……。
普段と変わらないヤエの態度が、少しだけ心を軽くしてくれた。
「お前は、何か欲しいモノはないの?」
もちろんこれが口止め料である事は分かっている。
吹っかけても問題ないからこそ、これからに繋がる提案をする。
「では、ヒョウカ様と私を繋ぐ通信結晶を頂きたく存じます」
「……っ」
予想外の提案だったのだろう、ヒョウカが目を見開く。
「それはつまり、武断派のみならず文治派とも太い繋がりを持ちたい、という事?」
「はい、その通りでございます」
「そうね、お前は商人だものね……。良いわ。お前の事を重用しましょう。ちょうど未登録の通信結晶があるから、少し待っていなさい」
部屋を出ていったヒョウカは、さして時間をかけずに戻ってきた。
その手にあるのは一組の通信結晶と針。
互いの血を垂らし、個別認証を完了させた結晶を交換したあと、ヒョウカは「ふぅ……」と溜息を吐く。
「兄様の痕跡が見つかったと思えば、母代わりの従者を失って……禍福は糾える縄の如しとはこの事ね」
「お兄様、ですか?」
「……、そうよ。お前が持っているその金緑猫目石のペンダントは、探索者になるために出奔した兄様の持ち物」
そこまで口にした後、少しだけ悩む素振りを見せて、再び口を開くヒョウカ。
「けれど、それはお前が持ち続けていなさい。お前がそれを手に入れた事には、きっと何か意味があるのだから」
言い終えてから一拍を空けて、ヒョウカが見つめてくる。
「お前は、私が思っていたよりもずっと有能なようだから……兄様、セイ・タイヤンに繋がる情報を得たら、私に報告してちょうだい。どんな小さな情報でも褒美を取らせるから」
「……承知しました」
原作通りなら、彼女の兄は既に亡くなっているのだが……、もちろんそんな事は言えるはずもなく。
その二日後、メンショウ帝国の軍団編成が始まった事を確認した俺たちは、ヴァッサーブラット領に帰還するのだった。




