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第32話 勢い余って虜にしてしまったが結果オーライ

 リンファの屋敷に帰る道すがら、考える。


 斥候が帰還して軍団が編成される段階になれば、帰途についても不自然ではない。


 後はメンショウを去り、カフカスの崩壊を待てば良い。


 そして軍団壊滅後は、その責任を俺に……ユミルに押しつけさせる。


 尻尾切りを利用し、ユミルという仮面を葬ってメンショウから距離を置けば、作戦は完了だ。


 ――そんな目論見もくろみに崩壊の足音が聞こえたのは、その日の深夜だった。


「フフ……聞いたよ。随分ずいぶんと遅くまでヒョウカの屋敷で過ごしたらしいじゃないか」


 帝城から帰ってきたリンファが、嫉妬を宿した眼差しで詰め寄り、俺を押し倒してきたのだ。


「リンファ様。何を……」

「キミは私の商人なのだということを、分からせなければと思ってね」


 瞳に渦巻く感情は、俺への好意よりもヒョウカへの対抗心のほうが強く出ている。


 ヒョウカの唾が付くなら自分が舐め取り、手籠てごめにしてやる――なるほど好色な彼女らしい発想だった。


 どうやらこの時期のリンファとヒョウカは、俺が知る以上に仲が悪いらしい。


「ヒョウカ様と売買契約を結ぶつもりなどありま――んんっ」


 言葉をさえぎる口づけ。


 最初から舌を入れてきたそれは驚くほど巧みで、興奮を無理やり引き出される。


「ぷはっ……、フフ、キミは素晴らしく優秀だし、私の直感が手放すなと告げているからね。強引にでも堕ちてもらうよ」


 能力値を武勇に振れば抵抗はたやすいが、商人としての仮面を捨てる事になる。

 今はまだダメだ。


 かと言ってこのような形で貞操を失うのはルリに申し訳が立たない。

 初めては、やはりルリとが良い。


「……おや。今、私以外の女の事を考えたね。いけないな、お仕置きしてあげよう」


 ゾクゾクするような囁き声のあと、リンファの手が身体をまさぐり始めたところで――。


 俺は、ポケットの中に入れておいた通話用のマジックアイテムを起動する。ヤエへの合図だ。


 途端、リンファが凄まじい勢いで飛び退き、戦慄の表情で部屋の入口を見つめる。


「あらあら……リンファ、お触りはえぬじーですよ」


 襦袢姿で抜き身の刀を携えて、凄絶な笑みを浮かべたヤエ。


 月灯りを背にして立つその姿は死神めいている。


 リンファが飛び退いたのも、ヤエの叩きつけるような殺気のせいだろう。


「や、ヤエ……そうか、キミの好いてる男だったのだね。それは気が付かなかったよ。そうと知っていれば、」


 言葉をさえぎるように飛んできた斬撃が、俺とリンファの間を通って壁に裂け目を作る。


 冷や汗を流しているリンファだが、俺も少しビックリしてしまった。


「ユミル様には伴侶となるべき方がおります。このヤエ・シラカワ、大抵の事は気にも留めませんが、不貞はいけません。殿方の場合は斬り落とせばよいですが、さて、御婦人の場合は如何にすればよいでしょうか……?」

「わ、分かった! 誤解してすまない! そしてユミル殿には格別の友として接しよう!」

「はい、分かって頂ければよいのです」


 にっこりと笑みを浮かべながら刀を仕舞うヤエ。何かあった時の為に合図を決めておいて良かった。


「すまなかった、ユミル殿。どうか許してほしい。妻帯者である事を知っていたら手は出さなかったのだけれど……」

「いえ、こちらも言いそびれてしまい……不幸な事故だったという事でお互い忘れましょう」

「いや、それでは私の気が済まない。これは私への貸しという事にしておいてほしい。キミが望む時、私は可能な範囲でその望みを叶えよう」


 謝罪の意志を誓いに変えた言葉。

 敵には容赦しないだけで、味方にとっては良い人なんだよな。


「承知しました。それでは、改めてよろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく頼むよ」


 握手を交わしながらチラリとヤエの様子を伺うと、嬉しそうなニコニコ顔。


 俺とリンファの間に固い繋がりが出来た事を喜んでいるのだろう。


……しかし、困った。


 ここまで好感を抱いていると、カフカス崩壊後も商人ユミルを切り捨ててはくれないだろう。


 どうすべきか悩みつつ、ひとまずその日は眠りについた。


 そして翌日、帝都を散歩しながら一日考えて出した結論は、毒を食らわば皿までだった。


 つまり尻尾切りされない程度に繋がりを保ち、カフカス崩壊後も可能な限りメンショウに干渉し、戦争に踏み切らないようコントロールする。


「それが主様の決定ならば、わたくしめはその障害となるモノを斬り捨ててご覧に入れましょう」

「いや、争わない為の行動だから、血が流れるような事は避けてほしいんだけどな」


 胸の内をヤエに話して返ってきた言葉、彼女らしい発言に苦笑する。


 アイルもそうだが、どんな時でもブレない人が側にいるというのは、意外なほど心の安定化に繋がるものだ。

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