第31話 文治派筆頭はイケメンを顎で使うのがお好き(※全て掌の上です)
「あらあら、久しぶりですね、ヒョウカ様」
「お初にお目にかかります、セイ・ヒョウカ筆頭軍師閣下。商人のユミルと申します。この度はお招き頂き、恐悦至極に存じます」
「…………」
ヒョウカの眼差しが俺に、正確に言えば俺が身に着けているペンダントに注がれている。
その視線に気付きつつも、こちらから触れることはしない。
「本日は、どのようなご用件でしょうか」
「そうね、まずはお前がリンファに見せた金塊、私にも見せなさい」
席を立つ気はないらしい。
傲岸不遜な態度に逆らう事なく、彼女の足元へ。恭しく片膝をついて、金塊を差し出す。
「フン……、っと」
金塊を手に取ったヒョウカは、一瞬その重さに慌てた様子を見せるが、すぐに表情を繕って観察を始める。
ただ、金塊を観察しているのは恐らく演技だ。
眼球の動きをよく見れば、横目でペンダントを観察していることが分かる。
「ふぅん……本物のようね。これほどの大きさの金塊、早々手に入るものでもなし。金鉱脈の話もあながち嘘ではなさそう。ただ、どうしてカフカスに金鉱脈があると分かったのかは聞きたいものね」
御座の隣にある円形の机に金塊を置いてから、睨めつけるようにするヒョウカ。
敵意というよりは、警戒心から来るものだろう。
「はい。カフカスを調査した際、金塊に反応する魔獣が複数体いることが確認された為、金鉱脈があると考えました」
「へぇ、そんな魔獣がいるのね。どんな魔獣? 見た目は? 詳しい生態についても知っているの?」
聞かれた問いにスラスラと答えていく。
この魔獣に関しては実在する為、嘘を吐く必要はない。
「ふぅん。そう、そんな魔獣も存在するのね。勉強になったわ、お前は知識もあるのね」
勉強になった、と言いながらも警戒の眼差しは変わらない。
「……お前は今、私に疑われて不愉快かもしれない。けれど、ヤエはともかく素性も知れぬお前を信用することは出来ない。それが当然である事は理解できて?」
「もちろんでございます。これからの働きで信を得たく存じます」
その言葉を聞いたヒョウカが嗜虐的な笑みを浮かべる。
「あの女だけでなく私にも擦り寄るつもり? 蝙蝠は嫌われるものよ」
「メンショウ帝国の覇道の一助になりたいのです」
「お前はメンショウの人間ではないのに、なぜそこまでこの国に思い入れがあるの? それとも、商人として力ある国について利を得たいというだけ?」
ヒョウカには様々な原作エピソードがあるので、好意を得るための嘘は幾らでも思いつく。
だが、リスクヘッジの為にも必要のない嘘は吐かない。
「ヒョウカ様に誤魔化しは通じませんね……。はい、その通りでございます。こうしてヒョウカ様にお目通りが叶った幸運を生かし、メンショウ帝国で成り上がりたく存じます」
「ええ、ええ。そうよね。メンショウの軍拡を利用して成り上がる。それがお前の本心よね」
ヒョウカの言葉に安堵の色が宿る。
ようやく理解出来る理由が出てきたと言ったところか。
そしてこの回答はヒョウカにとって悪いものではないはずだ。
彼女は野心を持つ味方が大好きなのだから。
「ふふ、その素直な物言い、嫌いではないわ。知識量も申し分ない。顔も好みだし、お前のような男を顎で使えるのは中々悪くないわね」
「では……」
「ええ、商人の一人として使ってあげましょう。私の贔屓が得られるよう、精々頑張る事ね」
「ありがたき幸せ」
「ところで……」
そこまで言葉を交わした後、ヒョウカが俺のペンダントへと眼差しを向ける。
「そのペンダントは中々見事なものね。リンファが付け毛を自慢していたけれど、お前は装飾品に明るいのかしら」
「これは拾い物でございます」
俺の言葉を聞き、ヒョウカの耳がピクッと反応する。
「……どこで拾ったのか、聞いてもよくて?」
「カフカス大森林に落ちておりました。戦闘の跡があったので、カフカスに分け入った無謀な探索者が落としていったものかと」
「――っ」
ヒョウカの顔が物問いたげに歪む。必死に抑えていた感情が漏れ出したかのようだ。
そこまで反応されて突っ込まないのも不自然だろうと思い、口を開く。
「このペンダントの持ち主に心当たりがあるのでしょうか?」
「それはお前には関係のない事よ。……その探索者の亡骸はあったの?」
「いいえ、そのような跡はありませんでした。恐らく逃げ延びたものかと」
「そう……」
今度はあからさまな安堵を見せるヒョウカ。
だがそれも当然だろう。
なぜならこのペンダントは、《《探索者になるため出奔したヒョウカの兄の物》》なのだから。
そのコピー品を作り、ヒョウカから接触してくるよう仕向け、縁を作りつつカフカスに向かう意識を強める。
メンショウに来たもう一つの目的を、無事に達成出来たようだった。




