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第22話 武勇を上げて物理で分からせる

「ヒッ!? や、ヤエだ! み、みんな逃げろ!! ヤエが道場から出てきたぞ!!」


 町人の声に反応するように周囲から悲鳴が上がり、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


……この時期から既にそんな扱いなのか、ヤエ。


 そんな反応など何処どこ吹く風と言った様子でヤエが一歩、こちらに足を向ける。


「なるほど、わたくしめに会いに来たのですね。貴方ほどの力を持った方が。わざわざ。異国から」


 声に宿る歓喜は戦闘狂のスイッチが入っている証だ。


 いつ斬りかかられても良いように構える。


「あらあら、天下の往来でそのように身構えて。そんな戦意を浴びてしまっては、わたくしめは――」


 彼女の頬が薔薇色に染まった瞬間、その姿が視界から消える。


「――ッ」


 本能に従い身をよじると同時に、先ほどまで立っていた場所に手刀が突き出されていた。


 コンマ一秒でも遅れていたら貫かれていただろう。


「あぁ……これを、避けるのですね。素晴らしい」


 目で追えなかった事実に戦慄する。 

 余裕を持って武勇を110に設定しておいたのに、それでもヤエのほうが強い。


 能力値の差を覆すこの要因は、


「……スキルか」


 スキル欄に燦然と輝く【剣術・Lv5】によるものだろう。

 剣術を人類の到達限界点まで極めた証。


「今の動き……何か武芸を学んだ、ということもなさそうですね。にも関わらず、それほどの……。……、もし、異人さま。一つ聞いてもよろしいですか」

「なんだ?」

「わたくしめの道場で、剣術を学んでみませんか?」


 なぜ、という疑問は次の言葉で氷解する。


「異人さまは途轍とてつもない資質をお持ちです。わたくしめの元で修行すれば、いずれは最強の剣士に至るはずです」


 なるほど。ヤエは激しい戦いに興奮する剣士なので、俺を鍛えて最高の戦いをしてみたいのだろう。


「だが断る」

「な、何故でございますか! 男子おのこならば最強の頂きを目指したいとは思わないのですか!?」


 焦りすら感じる叫び。

 その声からは俺という大魚を逃したくない、という想いがヒシヒシと伝わってくる。


 正直に言えば剣術を修得したい気持ちはあるが、そんな時間などないし、何より。


「俺のほうが強いからな」


 ピクッとヤエの耳が動く。


 瞳は閉ざしたままだが、その顔には興味深そうな色が浮かんでいる。


 直後、ノータイムでヤエの姿が掻き消えた。音を置き去りにした速度。先ほどよりもさらに速い。


 だが、今度は見えている。 


 そう。スキルが能力差を埋めるなら、スキルでも覆せないほどに武勇を高めれば良いだけの話だ。


 こちらの心臓を貫かんとする手刀の突き、その一撃を最小限の動きで回避すると同時にヤエの首筋に手を伸ばす。


「ッッ!!」


 即座に地を蹴って後方へ飛ぶヤエ。


 間一髪で俺の手を逃れた彼女は、ぽかんとした表情を浮かべたあと、すぐにその口を三日月に変えた。


 ゾクゾクとした、興奮に染まりきった顔だ。


 危険な兆候だった。彼女が刀を抜けば周囲一体が滅茶苦茶になるだろう。


 だから、早々に決着をつける事にした。


「ふぅ……よし」


 気合を入れた瞬間、時の流れが止まる。


 いいや違う。世界は何も変わらない。ただ俺の動きに時の流れが追いつけないだけだ。


 地を蹴り、

 瞬きの間すら与えず、

 刹那の刻を加速し、

 そして、


「――ほら、俺のほうが強い」


 耳元で囁くと同時に、ヤエの首を手で掴んでいた。


 直後、ビクンッとヤエの身体が震える。


「は、あぁ……、い、今、のは……」


 生殺与奪を握られながらも、ガクガクと身体を震わせて内股になり、つやめいた荒い息を吐くヤエ。


……しまった、やり過ぎただろうか。


「ここじゃ目立ちすぎる、場所を変えよう」


 ヤエを横抱きにしながら跳躍し、屋根の上を飛び移りながら外壁を超える。


 そして、都から離れた草原地帯までやってきたあと、原っぱの上に寝かせてやる。


 着物の乱れも直すが、目に毒な部分は見ない。


「見せた通りだ。俺はこの世界で一番強いから加減は要らない。その刀でお前の全力を示してくれ。、俺が願いを叶える」

「……っ」


 予想外の言葉だったのだろう、ヤエが息を飲む。


――ヤエ・シラカワは最強であるがゆえに、並び立つ者のいない世界を嘆いている。


 心ゆくまで戦いを楽しめず、つねに欲求不満を抱えている。


「俺がその不満を満たせることを証明する。だから、負けたあと俺の配下になってほしい」

「配下に……?」

「そうだ。もちろん俺が空いているときは幾らでも相手をする。その代わり、俺の下で刃を振るってほしい」


 たっぷり十秒以上、呆気に取られた様子だったが、ほどなくして恍惚とした笑みが浮かぶ。


「それは……それは、とても素敵ですね」

「そう言ってくれると思っていたよ」


 手を貸して立ち上がらせつつ、適当な距離まで移動して拳を向ける。


「さぁ、見せてくれ。最強の剣士……盲目の剣仙の斬撃を」

「あらあら、素敵な呼び名ですね。そのように呼ばれたのは初めてです。では、お言葉に甘えさせて頂きますね」


 さて、最強の剣士を配下にするための最後の関門だ。


 スキル持ちが得意な得物を持つと、どれほど強さが高まるのか……確かめるとしよう。

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