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第18話 傀儡化したらむしろ感謝された件について

 メラニペが来た翌々日、俺は隣の領地――シュヴァイン領の領主館、その応接室にいた。


 領主を待っている間に、ここに来るまでに見た領内の様子を思い返す。


 レーゲンを通じて領地改革マニュアルが全領主に配られているはずだが、それが実践されている様子は見られなかった。


「領地の人たちも、どこか暗い顔だったしな……」


 傀儡に出来ないなら、追放する方向で動いたほうが良いかもしれない。


 などと考えていると、扉が開いて“彼女”が現れた。


「……っ!?」


 まず目についたのはゴシック調のビスチェドレス。

 正確に言えば、ビスチェによって強調された豊かな双丘。


 全体的にムチッとした雰囲気が漂うその身体は、いわゆるトランジスタグラマー。

 恥じらうような姿勢の影響で、余計に胸が強調されている。


 次に目についたのは、伸びに伸びた長い黒髪。

 片目隠れ状態で野暮ったさを感じるが、頑張って整えた感が出ている。


「ぁ、その、ぇっと……久しぶりだね、ユミリシスくん……」


 どもりながら、ぎこちない笑みを浮かべて、落ち着かなさそうに視線を彷徨わせながら。


 フローダ・フォン・シュヴァイン侯爵――最後に会ったときとは随分ずいぶんと様変わりした彼女が、そこにいた。


「驚いたな。二年前とは印象が変わったじゃないか」

「ぇっ、ぁ、それはその、ぇっとね、執事長が、ユミリシスくんは女好きだから命乞いするなら身体を見せたほうが良いって……ぁっ」


 しまった、と口元に手をやるフローダ。


……色々とツッコミたいことはあるが、人となりは概ね把握できた。


「まず、命乞いっていうのはどういうことだ?」

「ぇ、だ、だって……ユミリシスくんはわたしに追放を命じるために来たんじゃないの……?」

「何がどうなったらそんな話になるんだ」

「そ、そそ、それは、だって……」


 しどろもどろなフローダの言葉を要約すると――。


 どうやら彼女は、俺が国と共謀して自分を追放し、シュヴァイン領を併合すると思っていたらしい。


「つまり、領主としての責務を果たしていない自覚があるんだな」

「……」


 小動物のようにプルプルと震えながら、顔を真っ青にして頷くフローダ。


 俺が一段と低い声を出したから、すっかり怯えてしまったらしい。


「どうして領主としての務めを果たさない? 領民の顔を見たことがあるのか? 自領の民たちにあんなに暗い表情をさせるなんて――」

「だっ、だって!!」


 突如として響く裏返った声が、俺の声を遮る。


 そんな大声を出したのは久しぶりだったのか、ケホッ、コホッと咳き込むフローダ。


 彼女は苦しそうにしながらも、せきを切ったように言葉を続ける。


「わ、わたしが何をやっても余計に悪くなるだけだもん!! わたしだって頑張ったよ!? 頑張ったんだよ!! ユミリシスくんが意味不明な速度で頭角を表していく中で……!」


 情緒が爆発したかのように涙をあふれさせる。


「比較され続けて、失望され続けて、馬鹿にされ続けて、それでも自分なりに領主として頑張ろうと思ってた!! 頑張ってた!! だけど、だけど……」


 泣きじゃくりながら言葉を重ねていく。


「ダメ、なの……何をやっても上手くいかない、なんてものじゃない。ドンドン悪くなるの。おかしいよね。あんなに頑張ったのに。頭の良い人たちは皆いなくなって、領地を食い物にする人たちばかりになって……っ」


 鼻水を垂らしながら、涙をぬぐいながらも口が動き続ける。


「だけどそういう人も見抜けなくて、良かれと思って判を押したらそれが領民をさらに苦しめて……だったらもう、何もしないほうがいいよね、違う……?」


 あまりにも悲痛な叫びを聞いて言葉を失う。


 ステータスを覗いて見れば、そこに並ぶ能力値は10代のオンパレード。


 二年前に見たものよりさらに悪化しており、もはやまともに生きていく事も難しいだろう。


 そうか、能力値が低すぎるとそんな悲惨ひさんな事になるのか。


「なんで……、どうしてユミリシスくんは、そんなに凄いの……昔は違ったよね……昔は、それはもちろん、わたしよりは出来たけど、でもパッとしなかったのに、なんで、どうして……」


 自分の身体をかき抱くようにしながら震えて、ギュッと目をつむるフローダ。


 その姿は、裁きを恐れる罪人のようにも、行き場を失くした子どものようにも見えた。


「フローダ……そこまで言うなら、領地に関する全てを俺に委ねてくれないか。自分で何かを考える必要も、何かをする必要もない。ただ判さえ押してくれたら、あとは俺がお前の領民たちを幸せにする」

「は、はは……何それ。つまり、わたしにユミリシスくんの傀儡になれってこと……?」

「ああ、そうだ」


 ストレートな要求。もしフローダに一欠片でもプライドが残っているなら逡巡しゅんじゅんするだろう。


 だが、そうならない事は分かっていた。


 互いの能力値に差があり過ぎたからだろう――フローダの心は、完全に折れてしまっていた。


「うん……良いよ、ユミリシスくんなら。わたしの地位も、名誉も、領地も、お金も……何もかも全部捧げるから、だから……」


 ポロポロと涙をこぼしながら、心からの安堵で歪んだ笑みを浮かべるフローダ。


「わたしを……この地獄から助けて……」


 こうして俺は、シュヴァイン領の全てを自由にする権利を得た。ただ、喜びの感情は薄かった。


 むしろ、ゲームを元にした世界であるがゆえの残酷さ……それをまざまざと見せつけられて、何とも言えない気持ちになるのだった。

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