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第134話 魔術師はかく語りき

 パンドラとの一件に決着がついたという事で、アイルを領主代行に任命。


 俺は、再び各国巡りに比重を置いていた。


 もちろん、パンドラに対処している間も必要最低限の事はしていたが――十分な対応は、出来ていなかった。


 その埋め合わせをこれからしようと思っていたのだが……少し遅かったかもしれない。



「――いっ、好い加減にしてくださいっ、白の族長!」


 クロスエンド共和国、円卓議会の間。


 黒の族長・アンテノーラが、セピア色の黒髪を揺らし、鋭い言葉を叩きつける。


「……っ」


 叩かれているのは、議長を務める白の族長・マロリーだ。


「わ、私たちの仕事を取り上げておきながら進捗しんちょくが悪いのは、どういう事ですかっ!」


 強い言葉が苦手なアンテノーラが、それでも声を張り上げている。


 つまりそれだけ不満が爆発しているという事だ。


「そ、それはー……全体の予定からすれば、取り戻せる範囲でしてー……」


 一方のマロリーは、普段の彼女からは考えられないほど押され気味だった。


 翼も縮こまっており、完全に萎縮してしまっている。


 それはつまり、否定しようのない事実をぶつけられているという事。


「私たちの仕事が遅れたら、それだけ領民たちが苦しくなるんです!」

「ぁ……」

「い、以前はデータしか見てなかったですけど、今はデータすら見れてないじゃないですかっ!」

「――ストップだ、アンテノーラ」


 アンテノーラとマロリーの会話を見守っていた俺は、そのタイミングで割って入る。


「そこまでにしておいた方が良い。それ以上は諫言かんげんじゃなく文句になりそうだからな」

「あ、は、はい……すみません……」


 シュンとしたアンテノーラの元へ歩み寄り、ポンポンと頭を撫でる。


「いや、ハッキリと意見を言えるようになったのは良い事だ。もう少し言い方を考えればもっと良くなるぞ」

「えへへ……わ、わかりましたっ」


 にへらと笑うアンテノーラに向けて、円卓のあちこちから羨ましそうな眼差しが飛ぶ。


「ま、魔術師サマよぉ! お、オレたちもしっかり結果出してるぜ!」


 そして、銀の族長が頬を染めながらも不満げに口にすれば、あちこちから「私たちも」「うちらも!」という声が上がる。


 最近気付いたのだが、どうやら氏族長の間では俺に褒められる事がステイタスになっているらしい。


 という事で、円卓を順番に回って報告を聞きながら、氏族長たちの頭を撫でていく。


 これで彼女たちのモチベーションが上がるなら安いものだ。


 とは言え――。


「……、……」


 暗い顔でうつむくマロリーには、特別なケアが必要そうだった。


 という事で、円卓議会が終わった後、俺は首都政庁の執務室でマロリーと二人きりの時間を作っていた。


「大丈夫……じゃなさそうだな。言いたい事があるなら全部受け止めるぞ」

「べ、別に平気ですー……そ、それより早く仕事を進めましょー……」


 顔を背けるようにするマロリー。


 俺はその手を掴み、無理やり抱き寄せた。


「ぁ……」


 流石に照れの感情が勝ったのだろう、腕の中に収まったマロリーの頬が赤くなる。


 そんな彼女のウェーブがかった金髪を優しく撫でながら、口を開く。


「俺のせいだよな、ごめんなマロリー」


 マロリーは、俺といる時はミスなく仕事をしている。


 だが、俺がいない時は仕事が手につかず、ミスも多いらしい。


 その理由を考えれば、謝るのは俺の方だった。


「べ、別にあなたは何も悪くないですー……。悪いのはわたしで――ひぁっ♡」


 いたわるように翼の根本を撫でれば、甘やかな鳴き声が上がる。


「一緒にいられる時間を増やすようにするから、許してくれ」


 心からの謝罪と、これからも支えたいという気持ちを込めた言葉。


 その言葉を聞いたマロリーは、ポツリと呟いた。


「……――でも、あなたはいつか遠くに行っちゃいますー」


 その呟きは、切なさと悲しさでんだ寂しげな声だった。


「俺は遠くになんて行かないぞ」

「だってあなたは、一度だって“わたし《《だけ》》の魔術師になる”とは言ってくれなかったですからー」


……そうか、その言葉を気にしていたのか。


「あなたにとって“わたしの魔術師”は顔の一つに過ぎないんですー」

「それは……」

「別にそれでも良いと思っていましたー。あなたの言葉に嘘はないですし、この国を良くしてくれていますしー……あなたはきっと、本当にわたしを聖なる杯に導いてくれますー」


 だけど、と、マロリーは言葉を続ける。


「あなたと会えない時間が増えるにつれて、寂しさがつのるようになりましたー。あんなに美味しかったお菓子も、一人で食べるとぜんぜん美味しくなくてー……」


 き止めていた感情があふれ出るかのように、言葉は止まらない。


「寝ても覚めてもあなたの事ばかりでしたー……何も手につかないんですー……。わたしがこんな気持ちになっている間も、あなたはきっと他の人と……」


 気がつけば声に震えが混じり、涙声になっていた。


「ルリとメラニペは、あなたの愛しい人ですよねー?」

「……気づいていたのか」

「二人のあなたを見る目を見ていれば、分かりましたー。だって、それはわたしと同じ想いで……わたしと違って、報われた歓びにあふれていましたからー」


 マロリーが俺の手をギュッと強く握り締める。


「もうこれ以上は、耐えられないんですー……だから、だから……」


 泣き崩れた顔で俺を見上げながら、白翼の少女はその言葉を口にした。


「わたしに出来ることは、何でもしますからー……わたしをルリたちと同じにしてくださいー……」


“待つ事しか出来ないって、辛い事なの”


……そうだよな。


「分かった。話そうか、マロリエス・ウェイグナー。俺が何を願って、どうしてお前に近づいたのか。そして俺がどれだけお前を好きかについてもな」


 今のマロリーになら、話しても大丈夫だと思った。


 そしてそれ以上に、俺自身が話したいと思った。

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