第128話 悪徳侯爵と嫁たちが総力を挙げた結果
話し合いの結果、次のような割り振りになった。
・ヤエとルリ:現在のタスクを継続。
・メラニペとネコミ:黒天商会の息の掛かった国に潜入し、魔獣による黒翼の女帝包囲網の構築。
・水妖さん:爆破された拠点周囲の水辺を水棲魔獣と巡回。
・ベルミラ:山賊たちによる山狩り。
・ウルカ:国内の防諜網の維持&衛兵たちへの教導。
・ニミュエ:転移などの移動系の力を阻害する拘束具の作成。
・ユキノ:周辺国にある拠点の制圧。
・アイル:領主代行。
・ユミリシス:大国周りの拠点の制圧。
手が離せないヤエとルリを除けば、まさにヴァッサーブラット領の全力である。
「主様指揮下の総力を尽くす作戦……そこに参戦出来ないのは、口惜しゅう御座いますね」
「メンショウ帝国での活動は、ヤエにしか出来ない事だからな」
全員に指示を出した後、執務室で一息ついている中での、通信結晶による会話。
ヤエの心からの残念そうな声に、励ますように言葉を返す。
「ヤエ・シラカワがいる――その事実がメンショウ国内の反乱分子への抑制になるし、だからこそ復興に力を注ぐ事が出来るんだ」
武力と智謀を用いて、手段を選ばず周辺国を併合し、大国にのし上がったメンショウ帝国。
強引なやり方に対する不満は国内各地で燻っている。
「もしどうしても我慢出来なくなったら、その時は俺を呼んでくれ。刀としても、女としても満足させてみせる」
「あらあら。そのような事を言われてしまっては……わたくしめ、すぐにでも主様が欲しくなってしまいます」
「……、……」
……明日からの行動開始に備えて、今日は早めに休もうと思っていたんだけどな。
どうやら今夜は、メンショウ帝国にお泊りする事になるらしい。
そんな一夜から明けて、黒翼の女帝の捜索が始まった。
これだけの人材を投入するからには、案外早く確保出来るのではないか、と。
そんな甘い期待は打ち砕かれて、結果のでない日々が続いた。
それでも地道に一つずつ逃走の余地を潰していき、そして。
――全員の顔に疲労の色が見え始めた頃になって、ようやく捕らえる事に成功したのだった。
「全く……散々手を焼かせてくれたな。本当にお前はとんでもない奴だよ、黒翼の女帝」
「その言葉、貴方にだけは言われたくないの」
とある山奥の古びた屋敷、その寝室に“彼女”はいた。
「予定していた手の尽くを事前に潰して、私が取りうるあらゆる手に対処出来るようにしておいて、よく言えたものなの」
ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせているのは、白を基調としたスウィートロリィタのドレスをまとった、幼女然とした女の子。
足元まで伸びたボリューム感あふれるツインテールは、この世に存在する黒の中でもっとも美しい漆黒。
彼女が駆け抜けたなら、その髪は黒い翼のように艶やかに靡くだろう。
「貴方は、とてもとても酷い男なの」
血のような赤と海のような青のオッドアイで、俺を見つめながら。
幼き日を境に、永遠に時の停まった少女――“黒翼の女帝”パンドラは、苦笑しながら無防備な姿を晒していた。
「そんな殊勝な態度を取っても、手は緩めないぞ。まだ何か隠し玉があるんだろ?」
「そんなものある訳ないの」
「いや、嘘だ! お前はこうやって会話しながら裏で何かを巡らせている!」
「貴方のその疑心暗鬼がどこからくるのか本気で知りたいの!」
辟易した様子で叫んだ後、脇に置いてあった熊のぬいぐるみの首を締めるパンドラ。
その言葉に偽りがない事を感じ取って……ようやく俺は、緊張が解けていくのを感じた。
「本当に、何もないのか……」
「あのね、そこまで言うなら胸に手を当てて考えてみてほしいの」
パンドラが小鳥のように可憐な声で、呆れの色を込めながら言葉を続ける。
「今この周囲を取り囲んでいる魔獣は何体?」
「空に25、地上と地中に50、水辺に25で100体だな」
「わたしがちょっとでも怪しい素振りを見せたら、どうなるの?」
「このニミュエ特製の鎖が自動で追尾してお前を拘束する」
「しかも最強の忍びであるネコミ・キツレガワと、鬼人族の決戦兵器“夜叉雪”がいつでも動けるよう待機しているの」
腰に手を当てて、ぷくっと頬を膨らませるパンドラ。
「この状況で、どこからどう見てもわたしの完敗の状況で、まだそんな事を言うなら本気で怒るの」
「それはそうなんだが……」
「全くもう、せっかく敗北を認めて受け入れているのに、肝心の貴方がそんな調子だもの。ぷんぷんなの。おこなの、おこ」
可愛らしく唇を尖らせる姿は、とても極悪な犯罪者には見えないが……。
彼女が未来において、数々の不幸と絶望を振りまくようになるのも事実だった。
『悪戯好きの神族が第一の時代に“そうあれかし”と願ったモノ。その祈りが二千年の時を越えて成就した存在がわたしなの』
原作のパンドラのセリフを思い出す。
『だからわたしには絶望を振りまく事しか出来ないの。うふふ、さぁ、英雄さん。努力と奇跡を積み重ねた末に、此処まで辿り着いたのだから……』
『わたしに死を与えてちょうだい?』
そう、彼女は決して望んで災禍を起こした訳ではない。
ただそれ以外の在り方を知らなかっただけだ。
他の生き方を示せば、開ける道もあるはず――そう信じたかった。




