第124話 ハニトラを逆手に取って女商人を手玉にとる
黒翼の女帝の隠れ蓑であり、資金源でもある黒天商会。
この時期はまだそこまで規模が大きくないから、小国にも積極的に売り込みに行く……それ自体は理解出来る。
ただ、この場合は間違いなく探りを入れに来たのだろう。
「お初にお目に掛かりマス、ヴァッサーブラット卿。黒天商会の会長、サリヌスと申しマス」
「初めまして、サリヌス殿。ユミリシス・フォン・ヴァッサーブラットだ。よろしく頼む」
辺境伯領の屋敷、その応接室。
商談の場にやってきたのは、長い緑髪をソバージュにした背が高い女性だった。
右目から咲いた白い花は、彼女が花族である事を表している。
そして如何にも“できる女”と言った雰囲気の、上品な白のブラウスと長いスカート姿なのだが――。
ボタンが弾け跳ばないか不安になるほど、胸が大きい。とても大きい。
「侯爵様に直接会って頂けるとは思っておりませんデシタ。深い感謝を」
深々と、自らの胸を強調するようにお辞儀するサリヌス――彼女は黒翼の女帝の忠実な右腕だ。
統率と智略に特化した黒翼の女帝を支える、優秀な内政屋である。
「いや、こちらこそ稀少種である花族に、それも貴女のように美しい方に会えて光栄だ」
「ヴァッサーブラット卿は博識デスね」
「優れた家臣団を揃えれば、余暇の時間も出来るさ。知識を蓄える事は好きだしな」
そんなサリヌス相手の作戦名は、“能力はあるが魅了されやすい領主を演じよう”だ。
具体的には、会話を通して有能ぶりをアピールしつつ、胸をチラ見して顔を逸らす演技を入れる。
これにより、“利用価値はあるが性的魅力に弱い”という誤解を与える作戦である。
――そんな意図から始まった雑談は、想定通りの盛り上がりを見せた。
「おっと、もうこんな時間か。どうだろう、サリヌス殿。一緒に食事でも」
「そうデスね。ぜひご一緒させてくだサイ」
食事に誘えば二つ返事が飛んできて、しかもボタンを一つ外して誘惑してくるというおまけ付き。
ガン見した後に慌てて顔を逸らせば、サリヌスの顔に浮かぶのは満足げな笑み。狙い通りだ。
……もちろんガン見したのは演技だぞ?
「ヴァッサーブラット卿との会話が楽しくて、商談に入りそびれてしまいマシタ。またお会いしたいデス」
「ああ、俺も是非またサリヌス殿と話したい。今度は、その……あー、夜景を見ながらワインでも飲みつつ、というのはどうだろうか」
「フフ、それでは最高のワインを持ってきマスね」
そんな会話の後、次に会う日程を決めて、彼女の気配が完全に消えた所で口を開く。
「――ネコミ。尾行して拠点を突き止めてくれ」
「あいあい、承知の助でござる」
音もなく降り立ったネコミが、俺の言葉に頷いた。
そして拠点が判明したのだが――利用しているのはサリヌスだけで、黒翼の女帝は別の場所にいるようだった。
「そう簡単に自分の尻尾は掴ませないか……」
「通信結晶で連絡を取ってくれれば追えるでござるが」
「本当か!?」
「通信結晶からは魔力の糸が出ているから、それを辿れば行けるでござる」
流石は最強忍者。忍者って凄い。
「そんな事が出来るならもっと早く教えてくれても良かったぞ」
「修行の成果で見えるようになったでござるよ」
「修行……そっか、なるほどな」
黒翼の女帝がネーベル女王に仕掛た術式。
それに対応出来なかった悔しさから、修行を積んだのだろう。
「偉いぞ、ネコミ。ありがとな」
「ふにゃあ……御館様の撫で撫で、たまらんでござる……にゅふふ」
しばし心地良さそうにしていたネコミが、「それにしても……」と再び口を開く。
「ウチよりおっぱいが大きい人は久しぶりでござるな」
「むしろ他にいたのか……」
「お、気になるでござるか? 御館様はおっぱいも大好きでござるからな」
「俺がおっぱい星人みたいな言い方はやめろ」
「違うでござるか?」
色っぽいポーズで“どたぷん”な胸を持ち上げるネコミに、思わず生唾を飲み込んでしまう。
「にゅふふ、御館様は助平でござるなー」
「婚約者にそんな事されて我慢出来る訳ないだろ、いい加減にしろ」
「ウチはいつでもバッチコイでござるよ?」
……サリヌス相手に耐えていた事もあり、ネコミとの逢瀬は激しいものになるのだった。




