第122話 フソウ皇国、支配完了
ミサキと話す為に部屋に向かっていた俺は、一つの音を捉えた。
「んぁっ、あぁっ♡巫女姫様……っ♡そこはいけません……っ♡んんっ♡」
巫女姫は当然ながらいつもの天守閣にいるので、部屋の中にはミサキ一人。
それにも関わらず聞こえてくる、ゾクゾクするような色艶を含んだ声は、つまり。
……しばらく経ってから、また来るか。
そんな気まずい一幕がありつつも、俺は無事にミサキと面談する事が出来た。
「まだ暗い顔をしているな。どうした、ミサキ・ヤタ」
「……、アナタは凄いですね、月神の使い。拙者とは大違いです」
どこか疲れた様子のミサキが、自嘲するように言葉を紡ぐ。
窓から外を眺めるその目線は、何も捉えていないだろう。
「ですから……どうか拙者の代わりにこの地を治めて下さい」
「だが断る」
「――っ。何故!? どうしてですか!!」
気持ちを爆発させたミサキが立ち上がる。
あふれ出す感情のままに翼を広げ、俺を睨みつけてくる。
「巫女姫様の事も! 家臣団の事も! 領民の事も! 全て貴方に任せておけば上手くいくじゃないですか!? 拙者は、不要な存在……何の役にも、立てません……っ」
言い終えた時、その表情には悲痛な色だけが残っていた。
「そうだな。ミサキに辺境領を統治するだけの器はない。だから女皇直轄地にするのが良い」
「……、そう、ですね」
「そしてミサキは、その優れた武勇で巫女姫の護衛官になれば良い」
「優れた武勇、ですか……キノカの夜叉雪には、一切通じなかったですけどね」
敗北の悔恨が癒えぬ間にシスが現れ、巫女姫の心を奪い去り、全てを解決してしまった。
……それが原作より拗らせている理由、か。
「ならば稽古をつけよう。外に出るぞ」
「え、なっ、一体何を――ッ!?」
ミサキをお姫様抱っこした後、窓から庭先へと飛び降りる。
そして、彼女を立たせてから距離を取る。
「さぁ、打ち込んで来い」
「ま、待って下さい、何故そうなるんですか!」
「お前に出来る事は戦う事だけだろう。ならば勘を取り戻し、さらなる高みを目指せ」
「……っ」
指でクイクイっと挑発すれば、流石に怒りが勝ったらしい。
太刀と小太刀を抜き放ったミサキが地を蹴り、翼をはためかせて中空を舞う。
クロスエンド以外の土地では極めて稀少な、翼を持つ者としての特性。
それを生かし、頭上から攻めようとしてくるが――。
「甘いぞ、ミサキ・ヤタ!」
創り出した大剣を思い切り振り回せば、風圧が生まれ、ミサキを吹き飛ばす。
「つぁっ!?」
「翼に頼り切るな。天と地の双方から攻め立てろ。飛翔の前兆を悟らせず、相手の判断を迷わせろ。二刀、翼、脚力、それら全てを生かしたフェイントで相手を翻弄しろ」
「そ、そんなこと、一朝一夕では――」
「俺が付き合ってやる!」
力強く宣言すれば、ミサキが不意を打たれたような表情になる。
「巫女姫の力になりたいなら、長所を伸ばし続けろ。他の事は気にするな」
「で、でも拙者は領主で――」
「お前が守りたいのは民ではなく、巫女姫だろう」
「――――ッッ」
フソウにおいて鴉は尊き存在。
先祖返りにより鴉の翼を持って生まれたミサキは、己の能力に見合わない過度な期待に苦しみ続けてきた。
それでも、唯一自分を対等に見てくれた巫女姫の役に立ちたくて、やりたくもない領主を続けてきた。
「それがお前という人間だ、ミサキ・ヤタ。領主なんてやめて、巫女姫の側に侍りたいんだろう」
「で、でもそんな事、許される訳が、」
「神々は許している!」
「――――ぁ」
ミサキが領主を続けるのは誰にとっても不幸だ。
原作の皇国ルートも、辺境伯であるミサキの統率が低いせいで難易度が高かった。
だから強引ではあるが、統率と政治を高めて無理やり説得する。
「お前に相応しい道は唯一つ、巫女姫の護衛官だ。その事を恥じるな、恐れるな、誇れ。月神もそう告げている」
……そろそろバチが当たりそうだな。やめないが。
「巫女姫様の事だけを考えて生きても……良いんですか?」
「そうだ。そしてお前が力不足を感じているなら、俺が徹底的に鍛える」
ユキノとの戦いの結果を引きずっているなら、いつか再戦の機会を作るのも良いかもしれない。
「どうして……貴方は、どうしてそこまで拙者に……」
「お前の実力を、資質を認めているからだ」
「あ、ぁあ……」
部隊戦闘では扱いづらかったが、個人戦闘では貴重な飛行属性持ちとしてかなり助けられた。
それに、ミサキが護衛官になれば……俺がいない間の巫女姫の寂しさも、少しは紛れるだろう。
「俺を認められないなら、強くなる為に利用すれば良い」
「利用……」
「強くなりたくないのか?」
「――ッ、なりたいですッ!!」
それは心からの叫びだった。俺は小さく微笑みながら手を差し出す。
「良い返事だ、俺に任せておけ」
「……、すみません。拙者は、貴方に酷い言葉を、感情をぶつけたのに……」
「ミサキのその負けん気の強さ、好きだぞ」
「えっ!? あ、う、うぅ……」
顔を真っ赤にしたミサキは、しばし目を泳がせたあと、眼差しを伏せて。
そして、遠慮がちに俺の手を掴むのだった。
――この後、ミサキは辺境領を女皇直轄地にする事に合意。
俺が女皇代理として辺境領を運用する事に決まった。
「これで防衛面の懸念点は取り除けた。そして、フソウ最大の領地である辺境領が俺のものになった」
天守閣の間で、俺に寄りかかって眠る巫女姫の髪を撫でる。
「他の武官たちは俺の力に心酔しているし、文官たちも順調に依存している」
フソウの掌握は達成されたと言って良いだろう。
「メンショウ帝国は、ヤエが睨みを効かせているからまだ時間が稼げる」
その間に、共和国と聖王国の支配を完了出来るのが理想だが――。
「黒翼の女帝も警戒しなきゃいけないんだよな……」
やる事は多いが、一つずつ確実に積み上げていこう。
戦争のない世界を、作る為に。




