第114話 クロスエンド共和国・黒の州、攻略完了
「あのあのっ、姉さんの事は、氏族の間でも禁忌とされていまして……人に話すのは――あっ」
拒絶の気配を感じ取り、咄嗟にアンテノーラの手を握る。
青ざめた顔が、驚きと照れの色に染まった事を確認し、口を開く。
「決して口外しない。教えてくれ、アンテノーラ」
まっすぐ瞳を見つめると、黒翼の少女はさらに頬の赤みを増やしつつ……葛藤を見せた後に、こくんと頷いてくれた。
「わ、分かりました……っ。魔術師さまだから特別、です」
そうしてアンテノーラが語ったのは、氏族長の長女として生まれた少女の話。
その少女は、生まれつき翼を持っていなかった。
極稀に生まれる“羽根ナシ”が、何故よりにもよって氏族長の娘に……と、深い嘆きが氏族を包んだという。
「次に私が生まれて……だけど、だけど、翼がない事以外、姉さんは完璧だったんですっ。逆に私は、平凡で……“お前の翼があの子にあれば”なんて言う方もいました……」
それは、設定のテキストだけでは分からない因習と悲哀だった。
「そして……私の翼を姉さんに移植しようとする派閥が現れました。その事を知った姉さんは、その派閥の方たちを、み、皆殺しにして……っ。氏族を、去りました……」
「キミは、その移植が行なわれていれば良かったと、そう思っているんだな」
わっと泣き出したアンテノーラが、両手で顔を覆う。
「姉さんに翼があれば、議長は黒の氏族が担っていましたっ。白の氏族の横暴もなかったはずなんですっ」
旧クロスエンドの最後の王、その娘。
すなわち現クロスエンドの始祖たる少女は、白き翼を持っていた。
だから白の氏族は特別だ……そんな意識が、クロスエンドにはある。
「マロリエスさまは、魔術師さまのお陰で変わりました。で、でも、白の氏族自体は……」
アンテノーラの声には、白の氏族への明確な嫌気が混ざっていた。
そんな彼女の頭をポンポンと撫でる。
「ふぇっ……? ま、魔術師さま?」
「白の氏族に関する意識を変えるのは、一朝一夕とはいかないが……安心しろ。俺の役割はクロスエンドをより良い国にする事だ」
「えっと……?」
各氏族を巡り、テコ入れして、白の氏族を驚かせるほどの成果を挙げさせる。
そうやって、クロスエンド全体の意識を変えていく。
「どうせ見返すなら真正面から、だ。その方が国全体も強く豊かになるしな」
「で、でも私、戦闘しか得意じゃなくて――」
「だから俺がいる」
言葉を遮るように言い切って、握手するように手を握る。
「俺に全て任せてくれ。アンテノーラは委ねてくれれば良い」
「ひゃわっ、ま、魔術師さまの手、大きいです……」
感じ入るような声を出した後、しかし、顔色を曇らせる。
「それで、良いのでしょうか……私は、氏族長なのに……」
「俺が常識外れの魔術師なのは、分かっているだろ? そんな常識的な考え、捨てて良い」
ビックリするように目を丸くした後、緊張が解けたように笑みをこぼすアンテノーラ。
「えへへ。確かに、そうですね」
背負っていた何かを下ろした――そう感じる声と共に、彼女は両手で俺の手を包み込んだ。
「よろしくお願いします、魔術師さま。私を、黒の氏族を導いて下さい」
「ああ、もちろんだ」
力強く頷いた後、言葉を付け加える。
「もしキミの姉が再び黒の氏族を訪れる事があっても、俺にだけ教えてくれれば良い。絶対に悪いようにしない」
「そ、そんな事は起こらないと思いますけど……はい、分かりました。その時は必ず相談しますっ」
これで黒の氏族が内乱に利用される事はないだろう。
仮にあっても、介入する理由づけが出来た。
という事で、その後は黒の州の中枢にあたる部門を全て視察し、働く者たちのステータスを閲覧。
そして、適正に合った配置転換案を作成。
さらに業務内容のムダを全て削減し、より効率化された仕組みにする為の提案書も作成した。
「ふえぇ……こ、こんなに沢山……」
「武を尊ぶ風潮の弊害だな。内政に明るいやつが育ちにくい環境なんだ、クロスエンドは」
よくそれで共和制が維持出来るな、と思うが……だからこそ大国間の滅亡レースで堂々の1位を獲得しているのだろう。
ともあれ、ステータス操作をフルに発揮しても一日で終わらなかったので、その日は黒の州に泊まり込み。
アンテノーラとの絆を深めつつ、黒の州における俺の影響力を確かなモノにするのだった。




