第105話 十人目の嫁
それからほどなくして、魔導都市から各国に魔石の危険性を訴える声明が発表された。
併せて、採掘・回収の為に魔法使いを派遣する旨と、協力国には報奨が出る事も告知された。
有力国がいち早く協力を表明した影響もあり、大陸中の魔石が魔導都市に集まる日も遠くないだろう。
そして――。
「あぁ……ひと仕事終わった後の風呂は最高だな」
大国巡りを終えた俺は現在、領主館の湯船につかりながら、お猪口でフソウ産の酒を嗜んでいた。
「それにしても、思いの外みんな、あっさり信じてくれたな……」
目の前で魔石を変質させたのが、やはり効いたらしい。
もちろん築いてきた信頼あってこそなので、報われたという思いが強かった。
「俺の目が届かない諸国に関しても、派遣魔法使い経由で多少の情報は入ってくる……」
大国を巡る日々はこれからも続くし、原作の設定を鑑みて動きたい事も色々あるが。
「数日くらいは、のんびりさせてもらうかぁ……」
――そう。この瞬間、俺は完全に油断してしまっていた。
大仕事を終えた後。
自宅である領主館。
のんびり風呂につかっている状況。
何かを警戒しろ、なんていうのが無理な話だ。
だからこそ、“それ”に対して心の準備をする事が出来なかった。
「――ユミリシス、入るわよ!」
ガラッという音と共に開く湯船の扉。聞こえるルリの声。
そして入ってくる六人分の気配。
「……は?」
思わず振り向くと、そこには桃源郷が広がっていた。
「この人数で入るの、合宿みたいでワクワクするわね! まぁアタシ、合宿で誰かとワイワイした思い出なんてないけど!」
「ダッタラ、今日ミンナデ楽シメバ良イ!」
「ルリお姉様が一周回って自虐芸に……揶揄いすぎちゃいましたかね」
先頭を歩くルリに続いて堂々と入ってくるメラニペ、ウルカ。
そして。
「――、――」
「ユキノ殿の肌、本当に綺麗でござるなー。しかし、いえすろりーた、のーたっち……いや、同性ならありでござるか?」
「恥ずかしがる事はない……私と違って、ユキノの胸には無限の希望がある……」
顔を真っ赤にして俯き、モジモジしながら入ってくるユキノ。
そんなユキノに向けて手をワキワキさせているネコミ。
自分の胸とネコミの胸を見比べて複雑そうな表情のニミュエ。
「な、な、な……」
ルリの均整の取れた美しい形も、
メラニペの無垢さにピッタリな微かな形も、
ウルカの今まさに成長しつつある形も、
ユキノの未知数の可能性に満ちた形も、
ネコミの“どたぷん”という擬音が出そうな形も、
ニミュエのむしろステイタスだと思える形も。
その全てが、ありのまま晒されていた。タオル文化は死んだらしい。
「お、お、おま、これ、どういう……」
「聞いたわよ! ネコミとも婚約したそうじゃない!」
「いやっ、それはそうだけどっ。ていうか、待て、ユキノは……」
「――、――」
恥ずかしがりながらも、俺をまっすぐ見つめてくるユキノ。
潤んだ眼差しとそこに宿る想い。
言葉がなくとも、気持ちが伝わってきた。
「ユミリシストスルノハ、凄ク楽シイ! 気持チイイ! デモ動ケナクナッテ、仕事ガ出来ナクナル……」
「メラニペもそうだし、それに聞いたわよ。ウルカがまる二日動けなくなって、その間、諜報部隊の運用をアイルが代理で担当したって」
「それは……反省してる」
ウルカがバツが悪そうに目を泳がせているが、これに関しては全面的に俺が悪い。
「アタシも、魔法で強化したり色々工夫はしてるけど……やっぱり翌日の作業に影響が出ちゃうし」
「そう、だよな」
ルリの言葉に続いて、一歩前に出てきたウルカが口を開く。
「おにーさんの気持ち、嬉しいんですよ。最初に子供を作るなら、妻たちの誰かが良い……なーんて事、考えてたりするんですよね?」
「バレてたのか……」
そういう事をするからには責任が伴うし、最初に抱き上げる子は、やっぱり妻の子が良い。
「でもね、アタシ思うのよ。それで仕事に支障が出たり、女の子の気持ちを無下にしたりするのはダメだって」
うんうん、と頷くネコミ、ニミュエ。
ユキノまでもが、俯きながらもコクコクと頷いている。
「だから折衷案を考えたの。婚約した相手から求められたら、我慢しない。翌日に支障が出そうな時は手とか口とか、む、胸……とかでする、みたいな」
「ルリ、ドウシテ急ニ恥ズカシガッテイル?」
「そうですよ。ネコミお姉様が規格外なだけで、ルリお姉様だって――ほら♡」
「きゃっ!? ウ、ウルカ、急にそんな――」
桃源郷を前にして高まりつつあるギアが、ルリたちの絡みでさらに加速していく。
そんな俺に、ネコミたちが語りかけてくる。
「子作りは結婚してからにしても、それ以外はして良いはずでござる! お互い気持ちよくなる方法なんて幾らでもあるでござるよ!」
「ん……私の手は、きっと気持ち良い……自信がある。任せて」
「――!――!」
……これは、俺の根負けだな。
転生を自覚してからの初めての敗北は、しかし、とても快いものだった。
「ありがとな、みんな。大好きだ、愛してる」
妻たちだけでなく、妻になるみんなもしっかり愛する。気持ちだけでなく、行ないで示していく。
そんな当たり前の事を、ようやく出来るようになった。




