第100話 九人目の嫁
メンショウ帝国から帰還した俺は今、リリスリアの執務室で話し合っていた。
「凄いわ……まさかこんな短期間で有力国を掌握するだなんて。流石は私の神さまね」
「その言い方はくすぐったいからやめてくれ。それに、完全に掌握出来た訳でもない」
フソウ皇国は傀儡化しているが、それにしたっておかしな提案を通せば武官や文官の反発は必至だろう。
あくまで国の利益に沿った範囲で提案を通せるだけだ。
「だから各国が無知な間に、魔石を手放す事がメリットになると思わせる必要があるんだ」
「安心してちょうだい。貴方の言葉と魔導都市の影響力を重ねれば、各国が魔石を発見次第、こちらで回収する仕組みだって作れるはずよ」
「それは……夢が膨らむな」
魔石は他の資源よりも遥かに価値がある。また、魔石を利用した技術研究は戦いを大きく左右する。
魔石を独占し、魔導都市の全面的な支援が得られるなら、備えは磐石と言って良いだろう。
「っと、そうだ。これを渡しておく」
文字がびっしり書き込まれた地図を渡すと、リリスリアが唖然とした表情になる。
「これ……もしかして、各国の魔石の年間産出量予測?」
「ああ、大国以外にも魔石の産出量が多い国が幾つかあるからな。そういう国は特に注視してくれ」
原作の各地域のデータを思い出しつつ、実際の魔石採掘のデータと照らし合わせて、この世界における産出量を計算した。
智略特化ならこういう事も出来る。
「何があっても驚かないと思っていたけれど……本当に何でも出来るのね」
「いや、無から有は生み出せないし、専門的な知識が必要な分野は、やっぱりそれに習熟した奴のほうがずっと効率が良い」
“円環・至聖三者”の第一・第二効果にしても、誰かからスキルを学んだり、道具を用意したりする必要がある。
「だから頼れる奴が多ければ多いほど助かるんだ。のんびり出来る時間も増えるしな」
嫁たちとゆっくりする時間だって、本当はもっと取りたいのである。
これから先も背負う人生が増えるなら、それこそ時間は無限に欲しい。
「切実なのね……」
それから幾つかの会話を経て、リリスリアの執務室を辞した後、そのままの足でヴィブラレットの開発室へ。
ヴィブラレットが一人遊びをしている場面に遭遇し、とんでもない事になりかけたが、無事にフソウ土産のお菓子を渡して退散出来た。
魔導都市から帰還したら、次はデメルグ聖王国。
処分予定だったニミュエの失敗作を第二の時代の遺産と偽って献上し、探索者としての名声を高めた。
――これは、そんなデメルグ聖王国での出来事だ。
「さて、ルリ。ニミュエ。二人はこの刻印を解析出来るか?」
怪鳥さんにお願いし、ルリとニミュエをデメルグに連れて来てもらった後。
俺は二人を聖都の北側に位置する外壁に案内していた。
聖都に仕掛られた術式を解析して学んでもらうためだ。
「これ第二の時代の、ううん、第一の時代の術式?」
「現存していたとは……驚き。なるほど……この国に受け継がれていたという事……」
ルリが困惑し、ニミュエが目を見開くそれは、聖都の八方に刻まれた術式の一つだ。
「待ってね。これ、つまり刻印で囲った範囲内の対象から生命力を奪って、術者に還元する術式よね。この魔力線の流れ……ッ、デメルグ王城!? あ、もしかしてデメルグの聖王母が在位200年なのって、これで命を吸ってるから!?」
……見ただけでそこまで分かるのか。
ニミュエもルリを見つめてビックリしている。
「この短時間でそこまで解析するなんて……すごい。神族ですら、そこまでは無理……」
「……し、仕事がない間、ずっと図書館に入り浸っていたからよ」
気恥ずかしそうに、あるいは気まずそうに顔を逸らすルリ。
そんな彼女の頭をポンポンと撫でて言葉をかける。
「いや、無職の間にもちゃんと勉強していたって事だろ。誇って良いと思うぞ」
「む、無職って言うのやめなさい!」
真っ赤な顔で睨んでくる姿が可愛らしくて、思わず抱きしめそうになり――ニミュエがいる事を思い出して手を止める。
「ん、構わない……好きなだけ愛し合ってほしい……夫と妻の権利」
「こ、こんな外でなんて、出来るわけないでしょ!?」
そこまで叫んだ後、コホンッと咳払いしたルリがニミュエを見つめる。
「ニミュエは良いの? 貴女もユミリシスの事が好きなんでしょ」
「ん、構わない……気長に待つ……。いっぱい創り続ければ、私を好きになって……いつか妻にしてくれるはず」
「――って事だけど? ユミリシス?」
“こんな健気な子を放っておくの?”と言わんばかりのルリの眼差し。
……全く。言われなくても分かっているさ。
「ニミュエ。ありがとな。お前のそのいじらしさ、凄く嬉しいし、正直、物凄く可愛い」
「えっ……ぁ……ユミリシス……?」
ほんの少しの照れでも赤みが強く出る、透明感のある肌。
そんな肌を持つニミュエの最大級の照れ顔に、愛しさが湧き上がる。
「ニミュエには世話になりっぱなしだから、何かを返したいとずっと思っていたんだ」
「き、気にしなくて良い……。私を呪縛から解き放ってくれた……それだけで返しきれない恩がある」
「そっか。じゃあこれは貸し借りなんて関係なしの、愛情100%の告白だ」
跪いて手を取り、目線を合わせる。
取った手を慈しむように、両手で包み込む。
『私の作る武具は、強い……世界の均衡を保つ為にも、作る事を拒否する……』
そんな事を言っていた彼女が、今では俺だけの為に武具を作ってくれている。愛しくならない訳がない。
「婚約してくれ、ニミュエ。俺の手とお前の手で、未来を築いていこう」
「――――っっ」
耳まで真っ赤になり、こくんと頷いてくれたニミュエ。
彼女の小さな唇に、俺の唇を重ねる。
そんな俺たちを、ルリがホッとした表情で見つめていた。
――これで終われば良かったのだが、いつだって世界は空気を読んでくれない。
その日の夜、ネーベル王国が隣国を落とす準備に入った、という情報が届けられたのである。




