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9.サパーというよりディナーに近い夕食

ここで描いたのは、簡単なディナー・メニューです。

正式の晩餐だと、ソースが凝っていたり、魚と肉の間にソルベ(シャーベット)がはいったり。魚ディッシュでは、おそらく、フライは出ません。ひっくり返してはいけないのに丸ごとのお魚が出て、芸術的手法で背骨を取り除かなくてはいけなかったりします。食事というより作業。 

お箸ください、あとお醤油

この場は家族2人のための簡単コースで、シャーロットがハーキュリーの為に組み合わせた“おにいさま、これはいかが?”メニューです。イギリス料理というより、ヌーベル・キュイジェーヌに近いかもしれません


 ガーデンパーティーのあとの独身男性を中心としたお酒の席を避けることができなかったハーキュリーが帰宅したのは、もう夜に掛かるころだった。

 シャーロットは居間でお茶をいただきながら植民地について書いてある様々な冊子や本を読み散らして楽しんでいた。


「おかえりなさいませ、おにいさま」

「シャーロット姫、何故なにゆえ我を見捨てたまいしや」

「兄上、いつからランスロットと名を変えましたの?」

「いや、今だけ、この瞬間だけ」

「まあ、よろしいでしょう、つまらなかったのですね」

「そうだ。嫁を押し付けられそうになった」

「あらー、それで? 決まりましたの」

「許してくれたまえ」

「あらあら」

「皇太子妃を拒絶した大切な妹の嫁す人が決まるまでは、自分の結婚など考えられぬと憂いて見せたとも」

「兄上!」

 シャーロットの手元からカップが飛びそうになったが、さすがに物を壊すのはためらわれたらしく、ワナワナと震える指先を兄に向けた。

「大切な妹を生贄にしましたのね!」

「いや、すまないね。

 お詫びに、キアサルディとピーコックの謎を解いて見せよう。そして、来週から領地に引きこもるよ」

「え、何ですって?」


「着替えてくる。父上に手紙を書く。

 待ちきれないようなら、先に食事をしておいで」

「あら、おにいさま、見捨てたと言われるのは嫌ですわ。お待ちしますとも」

「そうかね、では1時間ほど後に、ダイニングルームで」

「わかりましたわ」



 その日の夕食は、サパーというよりディナーに近かった。タイミング的にランチをいただく時間がなく、ガーデンパーティーでは飲み物とおつまみや菓子が出るだけだから、簡単でもコースに近い食事とするようにシャーロットが指示していた。

 社交シーズンではないので、父母は領城に帰り領を治めている。帝都の屋敷の差配は、現在シャーロットが行っている。


 テーブルに数種類置かれているグラスに、ページが食前酒としてシェリーを注ごうとする。

「いや、私はガーデンパーティーの後の席で、酒をいただいてしまったから、今日は遠慮しておこう」

「私はいただきますわ」

 小さめのカットグラスに半分ほどのシェリーが注がれる。

「ペドロでございます」

「ありがとう」


 シャーロットがシェリーに口をつけると、目の前の大皿の上に、中皿に乗せた前菜がサーブされた。どうやったらカチンとも音をさせずに載せられるのか。“奇跡の技”とでも言うしかない。

 前菜の皿には、野菜のゼリー寄せ・コンソメ味、アスパラのベーコン巻き、スライストマトにオイルサーディンとスライスオニオンを乗せてオーブンで軽く焼いたミニ温サラダの3種のオードブルをセットしてある。

「あら、とてもよくできていましてよ、ペドロにぴったりね。あとでトーマスに顔を出すように伝えてね」

「はい、マイレディ」

 ハーキュリーには、よくわからない。特に野菜のゼリー寄せには全く納得できないでいるが、たったひと口で済む苦行なら甘んじて受ける所存である。


 次のメニューの前に、パンの籠がでて、大ぶりのグラスにスパークリング・ウオーターが、ワイングラスに白ワインが注がれる。

 次にサーブされるのはスープだ。

 スープはセロリとチコリのポタージュというお子さまは絶対に嫌いな一品だ。ハーキュリーだって好きとは言えない。


 ハーキュリーが難しい顔でスプーンをとってスープにトライする。

「おや、おいしいね」

 顔が僅かに綻んでいる。

「そうでしょう、おにいさま、作り方を変えましたのよ」

「そうか。 いいね、これは」

「今までチコリの苦みがちょっと気になりましたでしょう?

 ですので、トーマスといろいろ試してみましたの。このスープはまだ完成中半ですけど、苦みを抑えるように工夫していますのよ」

「そうか、ありがとう、これは美味しいよ。セロリの筋をきちんととったのも評価が高いね」

「はい、切る前にきれいに取るようにしました」

 シャーロットはちょっと満足している。兄はあまり食べ物に頓着しないが、おいしいものを口にすると顔が緩む。それはシャーロットにとって「勝ったような気になれる」一瞬だ。


 次のメニューは魚で、スープ皿が下げられてから出てくるまでに少し間がある。その間に兄妹は領地に帰る話をする。これは奉公人が聞いていた方がいい話なので、ここで前振りをしておく意味もある。


「来週のことだけどね」

「はい、領地へ帰る件ですね」

「そうだ。父上に書いた手紙を明日送り出す。届くのに3日かかるだろう」

「そうですね、汽車でアービンまで、その先は早馬でしょうか」

「そうなるだろう」

「なぜお急ぎに?」

「仕事の関連と言っておこう。私たちは領地にいた方がいいのだ。取り急ぎ父上だけでも先にこちらに来ていただく」

「そうですか。

 手紙が届くのに3日、父上がアービンまで馬車でたどり着くのに3日、汽車で1日ですね」

「そうだね、私たちは汽車でアービンまで行き、そこで宿をとって父上のおいでをまつ。そして父上が乗っていらした馬車で領地に帰ることにする」

「それはまた、お急ぎですのね」

「仕事がらみだからね」


 次のディッシュはタラのナッツフライだった。ナッツを焦がさないようにフライしつつも、タラに十分熱を入れるところが高度な技なのだが、シャーロットは単にタラを細く切ることで解決してしまった。ラディシュの薄切り、レタスとイタリアンパセリをワインビネガー、塩、ハーブのあっさりしたドレッシングで味付けしたものが添えてある。

「これもいいね、シャーロットのプロデュースかい?」

「トーマスとのコラボレーションですわ」

「そうか、ありがたいね」


「いえ、伯爵家の娘がキッチンで料理を作る世界を教えてくださったのはおにいさまです」

「そうだったね、そう、それは権利なんだよ、自分の好きな料理を作る料理長を探すより、自分自身が料理上手になる方が早い。

 白く小さな手が貴婦人のシンボルだとか言うけどね、我が家の姫は乗馬も剣術もたしなむ。手の大きさを気にするより、野営に出ても料理ができる方がよい」

「そうですわね」


「次は何だい?」

「ご期待に沿えなくて残念ですけど、ただのステーキですわ」

「そうか。ステーキなら心配ないね」

「その通りですわ」


 次のディッシュのまえに簡単なグリーン・サラダが置かれ、ドレッシングは軽い風味になっていた。

 次のグラスに赤ワインが注がれ、ステーキにはポムフリットと軽く火を通したスライストマトが添えてあった。


 好みに合うディナーだったので、ハーキュリーも昼間の「独身者に嫁を紹介するムーブメント」の圧力から妹を盾にしてなんとか逃げきった嫌な時間をクリーン・アップすることができたのだった。


「トーマスを呼んで」

「はい、ただいま」


「御前に」

 シャーロットは微笑みかける。

「トーマス、カシアス卿からお誉めの言葉をいただきました」

「勿体ないことです。姫君のお手を煩わせるなど、面目次第もございません」

 帝都屋敷の料理長トーマスは、コック帽を脱ぎかねない勢いで恐縮している。

「トーマス、迷惑をかけたね。

 我が家の姫は騎士団に所属していることは皆が知っている通りだ。野営で料理を作れるよう、私が練習を勧めたのだ。悪く思わないでやってほしい」

「とんでもないこって、お恥ずかしいこってす」

 緊張のあまり、お里言葉が出るトーマス。

「この料理を、間もなくこちらに来る父上にぜひ供してくれたまえ」

「そうよ、トーマス。父上も大変喜ばれます」

「はぁ、ありがてぇこってす」


「さあ、トーマスの居心地が悪くなるばかりだよ。

 デセールは居間で頂こう」

「そうですわね。トーマスありがとう」

「へえ」


 居間に移動したシャーロットは、執事を呼んでトーマスに週給2回分の褒賞を与えるように指示した。ハーキュリーが口を添える。

「これは、シャーロットがトーマスの領分で料理に手を出させてもらった詫び料としておきなさい。

 当家の料理長の腕が上がるのはよいことだが、腕が上がって引き抜かれるのも問題だから、きちんと報いておく意味もある」

「仰せの通りに」

「よろしく頼みます」


 トーマスは、領地から来ている奉公人ではなく、帝都で雇った修業を積んだシェフで、年契約、週給払いの使用人だ。奉公人のように主従の縁に則って仕えているのではないから、細かく仕事に報いることも現在帝都屋敷を差配しているシャーロットの仕事だ。


「もう耳にしているかもしれないが、5日後に馬車を用意してくれたまえ、領地へ帰る」

「承知いたしました」

「明日、父上にふみを出して、早急にこちらへ来ていただけるようにする」

「はい」

「冬を前にして父上に交代していただくのは申し訳ないのだが、事情があってね。ここでお呼びたてするにはそれなりの理由がある。

 ロイとドロシーは、私たちに付いて帰るが、他に領地に一時帰休したい奉公人があれば、4人までなら馬車に乗れるだろう。手配できるか」

「もちろんでございます。婚約者がいる者や、家族や親族に結婚式がある者、子が生まれたばかりで妻とともに残してきた騎士などでいかがでしょうか」

「よろしい、頼んだぞ」

「仰せのままに」



 居間でデザートをいただく。パンと菓子はパティシエの職責で、トーマスの担当ではない。

 皇都屋敷ではパティシエ専用のキッチンを用意してある。パンや菓子に関する技術は専門性と独自性が高く、弟子以外の者をキッチンに入れることを嫌う。当家のパティシエは隣国から移住してきた者で、もちろん使用人だ。だが、この屋敷で奉公人と恋仲になり、皇都の教会で結婚式を挙げて子も産まれたので準奉公人というべき立場となっている。今は、弟子をとっておらず、妻のマギーが補助している。


「あら、マギー、シャリーンの手伝いは大変でしょう、今日は?」

「はい、姫君、シャリーが新しいデザートを作りました。姫君の御助言だったそうですが、何度も作り直しておりました」

「あらそう。 パンだけでも大仕事ですのに、あなたの夫はいいパティシエね」

「ありがとうございます。難しい顔をしていましたけど、楽しんでいました。

 どうぞ、これを。このデセールは、ぜひこちらの紅茶でとのことです」

「ありがとう」

「のちほど下げにまいります、評価をお聞かせくださるとありがたく」

「もちろんよ、待っているわ」


 デセールは、フルーツに生クリームを絡めたものをクレープ包みにしてあった。

 包んだクレープを上でまとめて花が咲いたように広げ、真ん中にミントの葉を添えたプリザーブのラズベリーが飾ってある。緑色で縁取られた白い皿に、フルーツソースで柔らかな模様を描き、その中央に乗せてあり、見た目も美しい。

 切れば、底に薄くスポンジが敷いてある。目の粗いスポンジにしてあって、水分を直接クレープにしみこませないようにすると同時に、フォークで食べやすく工夫してある。

「見た目もきれいで、甘すぎず、食べやすくもある。とてもいいね」

「ありがとうございます、おにいさま、シャリーンとマギーにも褒賞を出しましょう」

「そうだね、父上にもこのデセールをお出しするように言っておいてくれるか」

「ええ、そうしますわ」


「さあ、おにいさま、キアサルディとピーコックの答えを教えてくださいませ」

「うむ、いいだろう。だが、少し待ってくれないか。

 答は出ているのだ、だから領に帰ろうとしている。3番目のクリプトグラムが来るだろう。それまでは少し安心できない」

「ええー、それって何ですの」


「シャーロット、聞きたいことがあるのだが、いいだろうか」

「兄上、ごまかしですか?」

「そう取られても仕方がないが、そうではない」

「まあ、よろしいですわ、おにいさまがシャーロットと呼ぶときはまじめな時ですもの」

「美しき髪の妹よ、わたしは常にまじめだ」

「まあ、お答えしませんわよ!」

「まあ、そう言わないで。

 君、マウントサンデン卿の長男ロバートを見たよね」

「はい、兄上と話しておられた時、近くにおりましたし」


「でね、どう思った、ロバートと結婚できるかね」

「え?」


奉公人と使用人:

奉公人とは、領地内の名家から領城に行儀見習いに来る”家の子“を言う。

モンテアルコン伯爵領では、すべての奉公人は、旧カイゼリア公国時代から領内に住む、日本風に言うなら“三代前からの”領民だ

領主夫人の重要な仕事のひとつは、奉公人を相性や家庭環境を見ながらよい結婚に結び付けていくこと。これは領民と領主、主だった領民の家族同士の信頼を緊密にしていくひとつの政治でもある


この後、双子は伯爵領、つまりもとのカイゼリア公国に帰りますので、奉公人とはどういう人たちなのか説明を入れました。領城にいるのは領主一家と奉公人、城下町から出仕する下働きのみで、使用人は雇いません


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